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岡村隆史、ヒロミや森脇健児に聞いたテレビ番組の仕事がいつまでも続くという錯覚「始まったら終わるもんや」
2015.08.28 (Fri)
2015年8月27日放送のニッポン放送系のラジオ番組『ナインティナイン岡村隆史のオールナイトニッポン』(毎週木 25:00-27:00)にて、お笑いコンビ・ナインティナインの岡村隆史が、タレント・森脇健児をゲストに迎え、森脇が20代でのブレイク後、30代で失速したことについて語っていた。
ナインティナインのオールナイトニッ本 vol.6

岡村隆史:(『岡村隆史のオールナイトニッポン歌謡祭 in 横浜アリーナ』での出演を)森脇さんにお願いしますってことなんですから。
森脇健児:『真夏のファンタジー』って曲は、25年歌ってないねんで。
岡村隆史:ふふ(笑)
森脇健児:ほんで、僕は30歳で京都に帰って、今、48歳で。ブランクが物凄いあるわけでしょ?
岡村隆史:ありますね、はい。
森脇健児:この間、仕事がなくなるわけよ。
岡村隆史:はい。でも、あの時の全開のヤツを、11月11日に求めてるんですよ。
森脇健児:それは…調子に乗ってたあの頃の僕でエエわけ?
岡村隆史:調子に乗っていただきたいと思います。思いっきり…ほら、見てください。
森脇健児:はっはっはっ(笑)
岡村隆史:もう田原俊彦ですもん。
森脇健児:ふふ(笑)
岡村隆史:しかもこれ、CDシングルなんですね。
森脇健児:ふふ(笑)
岡村隆史:CDシングル、やっぱりかかるんですね。ニッポン放送。だってこれ、なんかないと掛からないですよね。カバーみたいなんがないと。
森脇健児:物凄いね(笑)
岡村隆史:見てください。昔を思い出してください。「ギャツビーつけて、カッコつけて」の時ですよ。
森脇健児:こんなことしてるから、バチが当たったと思うのよ。
岡村隆史:いや、バチが当たったんちゃいますよ(笑)
森脇健児:これはね、芸能界でラッキーパンチやわ。20代、バッサーってラッキーパンチが入って。ほんなら、相手のアゴにズドンって入ったと思うねん。
岡村隆史:ふふ(笑)
森脇健児:でも、10カウントを聞かずに、向こうも5カウントくらいで起き上がってきて、ズドンいかれたんや、僕。ほんで30代、全然仕事なかったもん。
岡村隆史:でも、ホンマに僕は『ざまぁKANKAN!』っていうのは忘れないですよ。僕ら、大阪で。「ざまぁKANKAN!」でCMに入るのと、真裏では、「ケケケケケイシュウ5」って(『素敵!KEI-SHU5』)CMに入るっていう。
森脇健児:はい、はい。
岡村隆史:良い時代でしたね。
森脇健児:本当にバブル期ですよね。アレがあって、東京にドンっていう。
森脇健児:僕らの時は、関西で当てないと、箱根の山を越えられなかったんですよ。
岡村隆史:一回、大阪で天下獲らないと、東京に出て来れなかったっていう。
森脇健児:「とにかく箱根の山は高いぞ」って言葉を、芸人の師匠方、言うてましたからね。
岡村隆史:でも、あの時はスっと越えられたじゃないですか。
森脇健児:でも、大阪で当てるのが大変じゃないですか。そこで、箱根の山を越えてくるわけですけど、それを覆したのが、ナイナイとよゐこやねん。この次の世代やねん。別に、大阪で当ててないんですよ。
岡村隆史:当ててないですよ、何も。
森脇健児:だから、箱根の山をスッと来て、ほんで当てたから。未だにずっとやってるっていうのは、これはね、革命やで。ナインティナインとよゐこは、革命やわ。
岡村隆史:まあ、それも時代でね。そうなったんやろなぁって思ってますけどね。
森脇健児:時代を切り開いてん。だから、ナインティナインとかは、こういう調子に乗ったことをやってないでしょ。CDとか。
岡村隆史:調子に乗った(笑)でも、天然素材で踊ったりね。
森脇健児:ちょっとしたでしょ?アレは、我々の残り香やねん。
岡村隆史:残り香(笑)
森脇健児:でも、アカンかったでしょ?ダメ。なんでアカンかって言ったら、もう第一人者がおったから。
岡村隆史:ふふ(笑)森脇さんとか、ディスコソングに乗せて、番組の中で踊ったり。
森脇健児:踊るとかね。アレはなんでかって言ったら、毎日、マハラジャ行ってたもん。
岡村隆史:ふふ(笑)そんな時期が、森脇さんにもありましたか。
森脇健児:毎日、遊ばせてもらってた時期が。人気は、マハラジャで確認しろっていう。
岡村隆史:肩パット、ゴーン入ってますもんね。
森脇健児:ボディコンシャス。これで、いわば僕らは切り開いたわけ。その後、天然素材とかやっても、そないに行かなかったでしょ。
岡村隆史:はい。
森脇健児:でも、新しく切り開いたわけですよ、東京に。
岡村隆史:残り香はありましたね。ダンスでワーキャー言われてっていう。
森脇健児:でも、みんな実力あったから、後に出てくるわけじゃないですか。
岡村隆史:なんとかね。みんなへびいちご以外は頑張ってますけど。
森脇健児:凄いよ。面白いだけじゃなくて、強いねん。芸人として強い。
岡村隆史:いつの間にか鍛えられてたんですかね。
森脇健児:強いですよ。だから、こういう恥ずかしいことはあんまりやってないでしょ?
岡村隆史:ふふ(笑)
森脇健児:恥ずかしいことやってないでしょ?
岡村隆史:恥ずかしいこと…(笑)
森脇健児:僕、全部恥ずかしいもん。20代でやったこと。
岡村隆史:ふふ(笑)正直、浮かれてたなぁっていうのはあるんですか?
森脇健児:正直、浮かれてましたね。
岡村隆史:でもね、水道橋博士のメルマガとかも読ませていただいてるんですけど、やっぱりその時の『ざまぁKANKAN!』の時野森脇健児さんとか、松竹の後輩の人たちを見てて、「やっぱり凄いねんな」って思ったっていうのを書いてますよ。やっぱり輝いてたって。
森脇健児:うん。
岡村隆史:今見たら、そうですよ。僕が言うのもアレですけど、変ですわ。
森脇健児:はっはっはっ(笑)
岡村隆史:でも、その当時は、これがカッコよかってん。ホンマに。
森脇健児:沖縄でジャケット撮影してて、その後、サイパンで写真集撮ってるんですよ。
岡村隆史:写真集?
森脇健児:主婦と生活社から(笑)1年間、ジュノンの拍子飾ったんですよ。
岡村隆史:やっぱり、そういうことがないと、東京にも来れない。ブレイクするっていうのは、そういう若い女性に一回、キャーって言われないとダメですよね。
森脇健児:それで東京に来て、おかしいかなって思ったけど、吉田栄作さんとドラマやらせてもらったり。トレンディードラマやらせてもらったり。SMAPと番組やらせてもらったり。風は吹くけど、やっぱりいつまでも吹いてるわけじゃないですからね。
岡村隆史:ふふ(笑)
森脇健児:そら、岡村君、つらいで。何もなくなったら。KBS京都、ラジオ1本だけになってんから。レギュラー12本が。移動、ヘリコプターやってんで、僕。
岡村隆史:おおっ。
森脇健児:徳島から大阪、和歌山白浜から大阪って、2回ヘリコプター乗ってんで。
岡村隆史:僕らでも1回しか乗ったことないですもん。岸和田から生駒山上遊園地の営業のブッキングで、1回乗りました。ヘリコプターの中で弁当食べなあきませんでしたよ。
森脇健児:あった。僕、大阪の朝日新聞の屋上に降りるわけよ。「今から現場行ってください」って、営業行ってましたわ。
岡村隆史:2回も乗りましたか。
森脇健児:今は、車も乗ってませんからね。今は電車やからね。やることなかったからね。
岡村隆史:でも、ホンマにヒロミさんも言うてましたけど、仕事なくなるっていう風になってまうんですよね。でも、それはどっかで自分らでも頭入れておかんと。ギャツビーつけて、カッコつけてっていうのが、ずっと続くもんやって思うじゃないですか。
森脇健児:うん。
岡村隆史:我々も、そう思うじゃないですか。でも、仕事っていうのは、始まったら終わるもんやでっていうのは、考えておかなあきませんね。
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ナインティナインのオールナイトニッ本 vol.6

岡村隆史:(『岡村隆史のオールナイトニッポン歌謡祭 in 横浜アリーナ』での出演を)森脇さんにお願いしますってことなんですから。
森脇健児:『真夏のファンタジー』って曲は、25年歌ってないねんで。
岡村隆史:ふふ(笑)
森脇健児:ほんで、僕は30歳で京都に帰って、今、48歳で。ブランクが物凄いあるわけでしょ?
岡村隆史:ありますね、はい。
森脇健児:この間、仕事がなくなるわけよ。
岡村隆史:はい。でも、あの時の全開のヤツを、11月11日に求めてるんですよ。
森脇健児:それは…調子に乗ってたあの頃の僕でエエわけ?
岡村隆史:調子に乗っていただきたいと思います。思いっきり…ほら、見てください。
森脇健児:はっはっはっ(笑)
岡村隆史:もう田原俊彦ですもん。
森脇健児:ふふ(笑)
岡村隆史:しかもこれ、CDシングルなんですね。
森脇健児:ふふ(笑)
岡村隆史:CDシングル、やっぱりかかるんですね。ニッポン放送。だってこれ、なんかないと掛からないですよね。カバーみたいなんがないと。
森脇健児:物凄いね(笑)
20代でのブレイク、30代での失速
岡村隆史:見てください。昔を思い出してください。「ギャツビーつけて、カッコつけて」の時ですよ。
森脇健児:こんなことしてるから、バチが当たったと思うのよ。
岡村隆史:いや、バチが当たったんちゃいますよ(笑)
森脇健児:これはね、芸能界でラッキーパンチやわ。20代、バッサーってラッキーパンチが入って。ほんなら、相手のアゴにズドンって入ったと思うねん。
岡村隆史:ふふ(笑)
森脇健児:でも、10カウントを聞かずに、向こうも5カウントくらいで起き上がってきて、ズドンいかれたんや、僕。ほんで30代、全然仕事なかったもん。
岡村隆史:でも、ホンマに僕は『ざまぁKANKAN!』っていうのは忘れないですよ。僕ら、大阪で。「ざまぁKANKAN!」でCMに入るのと、真裏では、「ケケケケケイシュウ5」って(『素敵!KEI-SHU5』)CMに入るっていう。
森脇健児:はい、はい。
岡村隆史:良い時代でしたね。
森脇健児:本当にバブル期ですよね。アレがあって、東京にドンっていう。
全国でのブレイクの壁であった「箱根の山」
森脇健児:僕らの時は、関西で当てないと、箱根の山を越えられなかったんですよ。
岡村隆史:一回、大阪で天下獲らないと、東京に出て来れなかったっていう。
森脇健児:「とにかく箱根の山は高いぞ」って言葉を、芸人の師匠方、言うてましたからね。
岡村隆史:でも、あの時はスっと越えられたじゃないですか。
森脇健児:でも、大阪で当てるのが大変じゃないですか。そこで、箱根の山を越えてくるわけですけど、それを覆したのが、ナイナイとよゐこやねん。この次の世代やねん。別に、大阪で当ててないんですよ。
岡村隆史:当ててないですよ、何も。
森脇健児:だから、箱根の山をスッと来て、ほんで当てたから。未だにずっとやってるっていうのは、これはね、革命やで。ナインティナインとよゐこは、革命やわ。
岡村隆史:まあ、それも時代でね。そうなったんやろなぁって思ってますけどね。
森脇健児:時代を切り開いてん。だから、ナインティナインとかは、こういう調子に乗ったことをやってないでしょ。CDとか。
岡村隆史:調子に乗った(笑)でも、天然素材で踊ったりね。
森脇健児:ちょっとしたでしょ?アレは、我々の残り香やねん。
岡村隆史:残り香(笑)
森脇健児:でも、アカンかったでしょ?ダメ。なんでアカンかって言ったら、もう第一人者がおったから。
岡村隆史:ふふ(笑)森脇さんとか、ディスコソングに乗せて、番組の中で踊ったり。
森脇健児:踊るとかね。アレはなんでかって言ったら、毎日、マハラジャ行ってたもん。
岡村隆史:ふふ(笑)そんな時期が、森脇さんにもありましたか。
森脇健児:毎日、遊ばせてもらってた時期が。人気は、マハラジャで確認しろっていう。
岡村隆史:肩パット、ゴーン入ってますもんね。
森脇健児:ボディコンシャス。これで、いわば僕らは切り開いたわけ。その後、天然素材とかやっても、そないに行かなかったでしょ。
岡村隆史:はい。
森脇健児:でも、新しく切り開いたわけですよ、東京に。
岡村隆史:残り香はありましたね。ダンスでワーキャー言われてっていう。
森脇健児:でも、みんな実力あったから、後に出てくるわけじゃないですか。
岡村隆史:なんとかね。みんなへびいちご以外は頑張ってますけど。
森脇健児:凄いよ。面白いだけじゃなくて、強いねん。芸人として強い。
岡村隆史:いつの間にか鍛えられてたんですかね。
森脇健児:強いですよ。だから、こういう恥ずかしいことはあんまりやってないでしょ?
岡村隆史:ふふ(笑)
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森脇健児:恥ずかしいことやってないでしょ?
岡村隆史:恥ずかしいこと…(笑)
森脇健児:僕、全部恥ずかしいもん。20代でやったこと。
岡村隆史:ふふ(笑)正直、浮かれてたなぁっていうのはあるんですか?
森脇健児:正直、浮かれてましたね。
岡村隆史:でもね、水道橋博士のメルマガとかも読ませていただいてるんですけど、やっぱりその時の『ざまぁKANKAN!』の時野森脇健児さんとか、松竹の後輩の人たちを見てて、「やっぱり凄いねんな」って思ったっていうのを書いてますよ。やっぱり輝いてたって。
森脇健児:うん。
岡村隆史:今見たら、そうですよ。僕が言うのもアレですけど、変ですわ。
森脇健児:はっはっはっ(笑)
岡村隆史:でも、その当時は、これがカッコよかってん。ホンマに。
森脇健児:沖縄でジャケット撮影してて、その後、サイパンで写真集撮ってるんですよ。
岡村隆史:写真集?
森脇健児:主婦と生活社から(笑)1年間、ジュノンの拍子飾ったんですよ。
岡村隆史:やっぱり、そういうことがないと、東京にも来れない。ブレイクするっていうのは、そういう若い女性に一回、キャーって言われないとダメですよね。
森脇健児:それで東京に来て、おかしいかなって思ったけど、吉田栄作さんとドラマやらせてもらったり。トレンディードラマやらせてもらったり。SMAPと番組やらせてもらったり。風は吹くけど、やっぱりいつまでも吹いてるわけじゃないですからね。
岡村隆史:ふふ(笑)
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森脇健児:そら、岡村君、つらいで。何もなくなったら。KBS京都、ラジオ1本だけになってんから。レギュラー12本が。移動、ヘリコプターやってんで、僕。
岡村隆史:おおっ。
森脇健児:徳島から大阪、和歌山白浜から大阪って、2回ヘリコプター乗ってんで。
岡村隆史:僕らでも1回しか乗ったことないですもん。岸和田から生駒山上遊園地の営業のブッキングで、1回乗りました。ヘリコプターの中で弁当食べなあきませんでしたよ。
森脇健児:あった。僕、大阪の朝日新聞の屋上に降りるわけよ。「今から現場行ってください」って、営業行ってましたわ。
岡村隆史:2回も乗りましたか。
森脇健児:今は、車も乗ってませんからね。今は電車やからね。やることなかったからね。
岡村隆史:でも、ホンマにヒロミさんも言うてましたけど、仕事なくなるっていう風になってまうんですよね。でも、それはどっかで自分らでも頭入れておかんと。ギャツビーつけて、カッコつけてっていうのが、ずっと続くもんやって思うじゃないですか。
森脇健児:うん。
岡村隆史:我々も、そう思うじゃないですか。でも、仕事っていうのは、始まったら終わるもんやでっていうのは、考えておかなあきませんね。
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