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伊集院光、ラジオ番組の枠を同年代の芸人にとられた悔しい過去「やりたくてしょうがなかった」

2015.01.21 (Wed)
2015年1月19日放送のTBSラジオ系のラジオ番組『伊集院光 深夜の馬鹿力』(毎週月 25:00 - 27:00)にて、お笑い芸人・伊集院光が、ニッポン放送でラジオ番組を担当していた時期、ほぼ同年代の芸人である笑組の内海ゆたお(「ゆたか」に改名)に『三宅裕司のヤングパラダイス』の枠をとられてしまった悔しい過去について語っていた。

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三宅裕司の降板を受けて、その後番組の担当者をオーディションで選出するということとなり、伊集院光もそのオーディションに参加。すると、そこにラジオ番組を担当することにあまり乗り気ではない内海ゆたおが、事務所の後押しもあり、参加してきた。

結果、ゆたおが選ばれ、『内海ゆたおの夜はドッカーン!』が開始されるが、11ヶ月で降板。ゆたおは、後任として伊集院を推し、結果、伊集院は『伊集院光のOh!デカナイト』をスタートさせることとなった。

伊集院光:人生なんて分からないよね。懐かしついで(伊集院光、笑組・かずおやフォークダンスDE成子坂・桶田ら懐かしい面々に遭遇「俺、死ぬな」)に、クソまみれの青春時代の話をするならば、だけども。元々、笑組のゆたお(現在 「ゆたか」という芸名)は、テレビに出たいっていうよりは、寄席で漫才をやって、寄席芸人になりたい人だったんですよね。

それで、俺は何になりたいかよく分からないんだよね。何になりたいか分からなくて、色んな試行錯誤をしてた。今、思えば共通点として、喋って人を笑わせたいって思ってたけど、途中でオペラ歌手風の替え歌とかもやってるからね(笑)

そうやって考えると、一貫性があったとは思いづらい状態。だけど、落語でにっちもさっちも行かない状況になってる時に、ニッポン放送のスタッフ(安岡喜郎)が拾ってくれて。ラジオを始め、それがなんだか分からないヤツにしては、そこそこ勢いあるな、みたいな感じになってきて。

向こうは、ウッチャンナンチャンが同じ事務所で、バンって売れてきたところで、ウッチャンナンチャンの流れで、「ウチに笑組っているから、ラジオのオーディションを受けさせてくれ」って。

俺は俺で、オールナイトニッポンの二部で2年間、そこそこ聴いてくれてる人のお陰で数字が良かったりとかして。オーディションを受けることになって。それが、三宅裕司さんの後番組で。三宅裕司さんが、当時、ニッポン放送で超エースだったんで、「年齢も重ねたし、卒業する」って後のオーディションで。

それで、ゆたお君に「伊集院、ラジオやってるから、ラジオのこと分かるでしょ?どうやったら良いの?」って相談されたんだけど、こっち側からすれば、俺はやりたくてしょうがない三宅裕司さんの後釜に、横槍入れてきやがってって思ってるわけ。俺からしてみたら。

それで、「知らねぇよ」みたくなってるわけ。「そんなの普通に喋るしかねぇだろ」って。しかも、「俺、やだよ。ラジオはそんなやりたくない」って言うわけ。腹立つじゃん。同年代なわけだから。しかも、何がみっともないって、向こうがオーディションに勝つっていう(笑)

その感じを経て、その時の絶望的な気持ちから言うと、俺、今、こうしてラジオをやってることも不思議だし。逆に言うと、元に戻って、ゆたおはちゃんと寄席芸人になってるんだよね。その感じとかも不思議で。

「じゃあ、元サヤじゃん」って思うと、「俺、なんでTBSに居るんだろう?」って(笑)ニッポン放送に、また別の負のキーマン(伊集院光、ニッポン放送との確執の原因となった宮本幸一と再会「売れるニオイが全くしねぇと言われた」)がいるっていう(笑)色々あるね、人生はね(笑)

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