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バカリズム、バナナマン日村が唯一の理解者だった不遇の時代「日村さんを笑わせることだけが支えだった」

2014.03.25 (Tue)
2014年03月24日放送のニッポン放送系のラジオ番組『バカリズムのオールナイトニッポンGOLD』(毎週月 22:00 - 24:00)にて、お笑い芸人のバカリズムが、お笑いコンビ・バナナマンの設楽統、日村勇紀と3人の冠番組『そんなバカナマン』(フジテレビ系 4月1日 24:35-25:35)をやることになった、と明かし、その番組収録で泣きそうになった、と語っていた。

そこで、バカリズムはバナナマン・日村勇紀との"同棲"生活のことについても語り、唯一の理解者である日村がいることが支えだった、と語っていた。

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バカリズム:設楽さんに最初に食事に誘われたのが、19~20歳くらいで、その後、日村さんと仲良くなって。日村さんの家に住むことになるんですよ。

それでも、20代半ばくらいで。突然、日村さんの家に居候することになって。その頃、仕事なんか全然ないから、毎日、ずっと2人で一緒にいるんですよ。マサジーさん(平松政俊)さんもよく来てたでしょ?明大前の6畳のアパートですよ。あそこ、俺がそこに居候になって。

日村さんは、寂しがり屋だから、俺がそうやって居候するのが嬉しくて。「お前のために、寝る場所を用意してやる」って言われて。俺はずっと座椅子で寝てたから。

粗大ごみ置き場まで日村さんが行って、ソファーベッド見つけたって、壊れたソファーベッドを拾ってきて。白いソファーベッドなんだけど、黄ばんでて、シミとかいっぱい付いてて。「でも、これ寝れるから」って引っ張ってきて。俺は嬉しいけど、不衛生だから結局、それでは寝なかったんですけどね(笑)結局、日村さんがそれでずっと寝てたんですよ(笑)

そんなこともあって、何にも仕事ないから。ずっと一緒にいて、それでもバナナマンはちょいちょい仕事あったんだけど、俺なんかはもっと仕事ないから、もっとテレビ的じゃなかったから、もう日村さんしか味方いないから。誰も認めてくれない、どこのネタ見せ行っても「テレビ的じゃないね。ライブじゃ面白いのかもしれないんだけど、シュールだね」とか言われて。

もう、日村さんを笑わせることしか考えてなかったから。だから、日村さんが仕事に行ってる間に、日村さんが帰ってきたら「日村さんが笑う」ってことに命懸けてるから。もう、家の日村さんの家具だとか、色んなもの全部にビニールテープでバミったんですよ(笑)テレビのスタジオとかだと、ADさんが場所を示すためにバミったりしますけど、日村さんの家にある全部の家具にバミって(笑)「テレビ」とか書いて。日村さんがいつも座ってるところに、「T」の字でバミって、「日村センター」って書いて(笑)

お風呂までの動線もビニールテープで貼って(笑)日村さんが洗うところまで、全部貼って。それで、日村さんが帰ってきて、笑うかな、どうかなって。日村さんが帰ってきたときに、俺はいないことにして。日村さんからのメールを待つんですよ。どんな反応がくるかって。

そしたら、日村さんからメールこないから。痺れ切らして「見てもらえましたか?」って訊いて。「いや、ぶっちゃけ、メールをしなかったのには、ワケがあって。正直、めっちゃ笑った」と。爆笑した、と。「リビングだけかと思ったら、全部の動線までやってるから、凄いと思った」と。

「凄すぎて、悔しくてメールしたくなかった」って(笑)もう、よっしゃ、みたいな。そういうことに毎日、命を懸けてたんですよ(笑)

次の記事:バカリズムが語る、バナナマン日村との寂しすぎるモテない男2人旅に続く。

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タグ : バカリズム,バナナマン,日村勇紀,設楽統,

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