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バナナマン日村、設楽がコントの台本を書くようになって「初テレビ出演」や「結成1年で単独ライブ」が実現したと明かす
2019.02.02 (Sat)
2019年1月29日放送のニッポン放送系のラジオ番組『星野源のオールナイトニッポン』(毎週火 25:00-27:00)にて、お笑いコンビ・バナナマンの日村勇紀が、相方・設楽統がコントの台本を書くようになって、「初テレビ出演」や「結成1年で単独ライブ」が実現したと明かしていた。


星野源:コントはどうなんですか?
日村勇紀:コント?だってコントはさ…本当にこれは参ったね(笑)
星野源:ふふ(笑)
日村勇紀:あのね、だって元々さ、俺はバナナマンを組む前にやってたんですよ。
星野源:ああ、そうですね、違うグループというか。
日村勇紀:そう、陸上部っていう、これ、高校の時の同級生とやってて。
星野源:うん。
日村勇紀:だからその時はさ、もう分かんないなりに。でも、ちょっとウケてたんだよね。ラ・ママっていうライブハウスで。
星野源:うん。脚本とかも書いていたんですか?日村さん…みんなで作ってたんですか?
日村勇紀:なんかね、2人でやってたけど脚本とかそんなレベルじゃなくって。
星野源:ああ、話にならなかった。
日村勇紀:もう、相方の子がメガホンを持っていて、俺がなんか本当にどうしようもない動きとか、変な顔とかをして。それをただメガホンでひっぱたくみたいなね。
星野源:うん。
日村勇紀:それしかないんですよ、だから。
星野源:なるほど。
日村勇紀:だから、設定はなんであれ、やっていることは全部一緒みたいな。で、それしか分かんなかったから。
星野源:うん。
日村勇紀:それが結構、ウケるのよ。正直言って、ウケてた。
星野源:うん。
日村勇紀:それが解散して、で、なんだかんだあって、設楽さんと会うでしょ。…それが、バナナマンを組んでさ。
星野源:はい。
日村勇紀:3本目ぐらいまでは、俺の方が先にお笑いをやってるからさ。
星野源:うん。
日村勇紀:なんか、俺の方が「やろう、やろう」ってやってたんだけど。設楽さんがね、3本目に書いたコントが、これで初めてテレビとかに出たんですよ。
星野源:へー、それで初めてだったんですか。
日村勇紀:フジテレビの、『Mars TV』っていう番組、深夜にやってて。
星野源:うわっ!俺ね、それリアルタイムで見てました。
日村勇紀:本当に?
星野源:マジで見てました。それで僕、バナナマンさんを知ったぐらいです。
日村勇紀:あっ、それがまさにそうだったんだけど。それが、かなりウケたの、ぶっちゃけ。
星野源:うん。
日村勇紀:そしたらさ、どんどん、どんどん設楽さんが本(台本)を書くようになってって。これが、もうね。なんて言うんだろう…ボケもツッコミもなくて、台本だけ見てると、「何が面白いのかな?」って。
星野源:ああ。
日村勇紀:もう、ちょっとよくわかんないような世界観なんですよ。
星野源:へぇ。
日村勇紀:でも、やってくと、どんどんウケてくっていう。
星野源:うん。
日村勇紀:だから俺も、なんかよく分かんないなりに、「なんでこの人、こんなのが書けるんだろう?」っていう。
星野源:へぇ。
日村勇紀:そうするとね、もう半年ぐらいでひっくり返されちゃったの。
星野源:立場が?
日村勇紀:立場が(笑)で、そうすると、単独なんかもやっちゃって。1年目くらいでもうやったんだよね、バナナマン。
星野源:1年目?
日村勇紀:1年目で。狭い小屋だったんだけど、100人も入らないぐらいの小屋だったんだけど。それを、夜の1回公演だったのが売れちゃったから、チケット。
星野源:ええ。
日村勇紀:売れないと思ったら、売れちゃったの。だから、その日の昼間に追加公演をやろうっていうことになって、それも売れたりして。
星野源:うん。
日村勇紀:その単独、実はずーっとやってるんだけど。
星野源:ああ、なるほどね。
日村勇紀:だからコントは…
星野源:原点的な感じっていうか。
日村勇紀:そう、そう。なにって言われちゃうと困るんだけど。まあ、やってた方が、お笑いさんっぽいでしょ、絶対ね(笑)
星野源:ふふ(笑)
日村勇紀:何にもやらないと、本当にこんなさ、「ガムテープパンツだけの人」って思われるのもあれだしさ。
星野源:そうですね、たしかに(笑)コント、でも、今でも毎年やられてますもんね、偉いなぁって思って。
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星野源:コントはどうなんですか?
日村勇紀:コント?だってコントはさ…本当にこれは参ったね(笑)
星野源:ふふ(笑)
日村勇紀:あのね、だって元々さ、俺はバナナマンを組む前にやってたんですよ。
星野源:ああ、そうですね、違うグループというか。
日村勇紀:そう、陸上部っていう、これ、高校の時の同級生とやってて。
星野源:うん。
日村勇紀:だからその時はさ、もう分かんないなりに。でも、ちょっとウケてたんだよね。ラ・ママっていうライブハウスで。
星野源:うん。脚本とかも書いていたんですか?日村さん…みんなで作ってたんですか?
日村勇紀:なんかね、2人でやってたけど脚本とかそんなレベルじゃなくって。
星野源:ああ、話にならなかった。
日村勇紀:もう、相方の子がメガホンを持っていて、俺がなんか本当にどうしようもない動きとか、変な顔とかをして。それをただメガホンでひっぱたくみたいなね。
星野源:うん。
日村勇紀:それしかないんですよ、だから。
星野源:なるほど。
日村勇紀:だから、設定はなんであれ、やっていることは全部一緒みたいな。で、それしか分かんなかったから。
星野源:うん。
日村勇紀:それが結構、ウケるのよ。正直言って、ウケてた。
星野源:うん。
日村勇紀:それが解散して、で、なんだかんだあって、設楽さんと会うでしょ。…それが、バナナマンを組んでさ。
星野源:はい。
日村勇紀:3本目ぐらいまでは、俺の方が先にお笑いをやってるからさ。
星野源:うん。
日村勇紀:なんか、俺の方が「やろう、やろう」ってやってたんだけど。設楽さんがね、3本目に書いたコントが、これで初めてテレビとかに出たんですよ。
星野源:へー、それで初めてだったんですか。
日村勇紀:フジテレビの、『Mars TV』っていう番組、深夜にやってて。
星野源:うわっ!俺ね、それリアルタイムで見てました。
日村勇紀:本当に?
星野源:マジで見てました。それで僕、バナナマンさんを知ったぐらいです。
日村勇紀:あっ、それがまさにそうだったんだけど。それが、かなりウケたの、ぶっちゃけ。
星野源:うん。
日村勇紀:そしたらさ、どんどん、どんどん設楽さんが本(台本)を書くようになってって。これが、もうね。なんて言うんだろう…ボケもツッコミもなくて、台本だけ見てると、「何が面白いのかな?」って。
星野源:ああ。
日村勇紀:もう、ちょっとよくわかんないような世界観なんですよ。
星野源:へぇ。
日村勇紀:でも、やってくと、どんどんウケてくっていう。
星野源:うん。
日村勇紀:だから俺も、なんかよく分かんないなりに、「なんでこの人、こんなのが書けるんだろう?」っていう。
星野源:へぇ。
日村勇紀:そうするとね、もう半年ぐらいでひっくり返されちゃったの。
星野源:立場が?
日村勇紀:立場が(笑)で、そうすると、単独なんかもやっちゃって。1年目くらいでもうやったんだよね、バナナマン。
星野源:1年目?
日村勇紀:1年目で。狭い小屋だったんだけど、100人も入らないぐらいの小屋だったんだけど。それを、夜の1回公演だったのが売れちゃったから、チケット。
星野源:ええ。
日村勇紀:売れないと思ったら、売れちゃったの。だから、その日の昼間に追加公演をやろうっていうことになって、それも売れたりして。
星野源:うん。
日村勇紀:その単独、実はずーっとやってるんだけど。
星野源:ああ、なるほどね。
日村勇紀:だからコントは…
星野源:原点的な感じっていうか。
日村勇紀:そう、そう。なにって言われちゃうと困るんだけど。まあ、やってた方が、お笑いさんっぽいでしょ、絶対ね(笑)
星野源:ふふ(笑)
日村勇紀:何にもやらないと、本当にこんなさ、「ガムテープパンツだけの人」って思われるのもあれだしさ。
星野源:そうですね、たしかに(笑)コント、でも、今でも毎年やられてますもんね、偉いなぁって思って。
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