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爆笑問題・太田、父親が太宰治に会いに行っていたことに驚いた過去「太宰ってのは、いい加減な男だよ」

2018.06.27 (Wed)
2018年6月26日放送のTBSラジオ系のラジオ番組『爆笑問題カーボーイ』(毎週火 25:00-27:00)にて、お笑いコンビ・爆笑問題の太田光が、高校時代に太宰治の小説を読んでいたところ、父親に太宰治に会いに行っていたことを打ち明けられ、驚いた過去について語っていた。

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太田光:親父が倒れて、そういえばどんなことがあったかなって、色々考えててさ。

田中裕二:ああ。

太田光:ウチの親父はねぇ、凄く頭がいいっていうか…息子から言うのもなんだけど。

田中裕二:うん。

太田光:とっても物を知っててね、俺の憧れだったんですよ。

田中裕二:はい、はい。

太田光:一番近いのは、巨泉さん。

田中裕二:はい、はい。

太田光:とにかくなんでも知っててね、色んなこと造詣が深くて。落語も、絵も。設計ですからね。家に画集がバーッとあってね。それこそ、もう新しいもん好きだから。

田中裕二:うん、うん。

太田光:ウチの親父は設計で、万博なんかにも関わったりなんかして。

田中裕二:うん。

太田光:なんていうのかな、そういうモダンなところもあったし。

田中裕二:うん。

太田光:でも、本当は落語家になりたかった人で。

田中裕二:うん。

太田光:だけど、春風亭柳橋師匠に弟子入りしたんだけど、物凄い天才が同期にいて、「こいつには敵わねぇ」って、落語諦めた人なんだけど。

田中裕二:うん。

太田光:その人は、もうすぐ死んじゃったらしいんだよ。

田中裕二:ああ、そうなんだ。

太田光:で、その後まぁ映画監督やりたい、それも挫折して。で、小説書きたいって、当時、小説自分なりに書いてね。三鷹にね、当時、太宰治が住んでたんですよ。

田中裕二:うん。

太田光:それをね、太宰のファンだから、親父は。それも後で知るんだよ。

田中裕二:そうだね。

太田光:自分が太宰を読んだ時に、高校時代、鬱屈してたときに「お前、太宰読むのか?」なんて言われて。

田中裕二:うん。

太田光:俺、親父とほとんど話したことないからさ、そういう意味じゃね。

田中裕二:うん。

太田光:「俺、太宰に会ったことある」って。

田中裕二:それ、ビックリするよね(笑)太宰治と会った人って、周りにいないもんね(笑)家族でいたらビックリするよね。

太田光:「太宰ってのは、いい加減な男だよ」って。自分が書いた小説、太宰のところ持ってって。

田中裕二:うん。

太田光:そうすると、向こうの畳の…書斎。書斎って言ったって、小さい畳の6畳ぐらいのところの、上がり框のところに後ろ姿でいるんだって。

田中裕二:凄いよね。

太田光:「太宰先生」って言うと、ちょっと首だけ振り向いたりなんかして。「僕、こういう者で。小説書いてきて、ぜひ読んでいただきたいのですが」って。

田中裕二:凄いよね、直接持ってくんだもんね。

太田光:うん。って言って、「ああ、じゃあその辺置いておいて」って。もう見向きもしない。

田中裕二:そういう人も結構いたんだろうけどね。

太田光:太宰はだって、生きてる時とから流行作家だから。だから、そういう意味では一番売れてるわけですから。今で言ったら赤川次郎みたいなもんですから。

田中裕二:今じゃねぇ(笑)それは赤川先生も凄いけど、今じゃない(笑)

太田光:東野圭吾か。当時は大衆小説で。で、持ってくけど読んでくんねぇなって思ったから、今度は一升瓶抱えていくんだって。

田中裕二:うん。

太田光:で、作品持って。

田中裕二:うん。

太田光:「先生!」「おう、また来たのか」って言われて。「ちょっと、小説読んでもらいたくて」「そこ置いといて」「先生、酒持ってきました」って言ったら、「おお!」って振り向いて。

田中裕二:凄いよなぁ。

太田光:「よく来た、よく来た。上がりたまえ」って。

田中裕二:そんな時代だもんね。

太田光:「飲もう、飲もう」って。

田中裕二:落語の世界だもんね。

太田光:本当だよ。「おお」って、湯呑2つ持ってきて。「飲もう、飲もう」って。「小説は?」「これは後で読んでおくから」って(笑)ガンガン2人で飲んで、それで帰ってくるんだって。

田中裕二:その後、当然ね…

太田光:ない、ない。そんなのはないよ。

田中裕二:読んだか読んでないか分からないし。

太田光:太宰をあっと言わせる小説なんか、書けるわけないんだから、親父はね。

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タグ : 爆笑問題,太田光,

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