爆笑問題・太田、ジェーン・スーが父親の家賃を支援する時に言ったセリフに感動「その代わり、あなたを書かせて」
2018.06.27 (Wed)
2018年6月26日放送のTBSラジオ系のラジオ番組『爆笑問題カーボーイ』(毎週火 25:00-27:00)にて、お笑いコンビ・爆笑問題の太田光が、ジェーン・スーのエッセイ『生きるとか死ぬとか父親とか』に登場するエピソードについて語っていた。
太田光:ジェーン・スーのね、『親とか、じいさんとか、ばあさんとか』…
田中裕二:『生きるとか死ぬとか父親とか』でしょ(笑)
生きるとか死ぬとか父親とか


太田光:はっはっはっ(笑)
田中裕二:だったら、『部屋とワイシャツとわたし』でいいよ。
太田光:ああ、そうか。
田中裕二:『酒と泪と男と女』でいいよ。
太田光:愛と青春の旅立ち。…あれをちゃんと言ってなかったけど、ジェーン・スーちゃんって人は、20いくつの時、凄いお金持ちだったんだよね。
田中裕二:うん。
太田光:お父さんが宝石商か何かやってて。お父さんが道楽者で、愛人作ったりなんかもしてだね。
田中裕二:うん。
太田光:お母さん、家で…言ってみりゃ、『阿修羅のごとく』みたいな。最終的には、負債抱えて。3階だか4階建てのビルに住んでたんだよ、本郷だかどこかの。
田中裕二:うん。
太田光:お嬢様だったんだよ。それが、24ぐらいになって。お母さんが、親父の病気を看病してて、お母さんは自分のこと二の次だったから。亡くなっちゃってさ。
田中裕二:うん。
太田光:で、開けてみたら夫妻だらけ。持ち逃げされたり、人がいいから、親父も。
田中裕二:うん。
太田光:で、信用してた人に裏切られたり。ビルも売らなきゃなんねぇってことになって。スーちゃんとしては、自分が慣れ親しんだビルで、お母さんの思い出もあるから、なんとか守ろうとして、わざわざ出版社かどっか…ファッションヘルスかなんかにいたんだけど、そこ辞めて。
田中裕二:ファッションヘルス(笑)
太田光:親父について学んで、なんとか立て直そうとしたんだけど、親父はやる気ない。
田中裕二:やさぐれちゃって。
太田光:やさぐれるまではいかないけど、認めたくないっていうか、そういうのもあって。一生懸命、ジェーン・スーがやるんだけど、とうとう手放さなきゃなんないって時に、「しょうがないでしょ」って言って。荷物とかどんどん運んで。
田中裕二:うん。
太田光:その時に、一切、手伝わないんだって。で、自分の大学の友達やらなんかでやってんだけど、一切、ソファに座って動かないんだって。
田中裕二:ふふ(笑)
太田光:「なんだ、この親父は」って。で、別居して。いろいろやってくうちに、スーちゃんもさ、TBSでこういうのやるようになって、コラムも名手だから。お金もまぁそこそこ。そうすると、親父さんから「俺、引っ越そうと思うんだよ」って。で、見積もり見ると、親父がもらえる年金より高い家賃なんだって(笑)
田中裕二:ふふ(笑)
太田光:これはどう考えても私に出せってことだなって。で、ジェーン・スーちゃんが「わかった、これは私が支援するけども、その代わり、あなたを書かせて」って言うんだよ。
田中裕二:ああ。
太田光:ここら辺が綺麗だよね、あの子は。
田中裕二:凄いよね。
太田光:面白い。要は買った、と。カネで父親の人生を買ったんだ、と。あの子らしい言い方だけども、そういえば自分は父親というものをね、父親という仮面をかぶせてしか見てなかった、男と女だった、父親と母親ってのは。
田中裕二:それはそうだ。
太田光:そういうふうに親子っていうのは、幸か不幸か、そういうふうにしか見られないんだ、と。話を聞いて、取材して。でも、月命日は2人で会って、お墓参りするんだよ。
田中裕二:うん。
太田光:そういうふうにして書いたのが、『父親とかじいさんとかばあさんとか』。
生きるとか死ぬとか父親とか


田中裕二:ふふ(笑)そうね。
爆笑問題・太田、ジェーン・スーのエッセイ『生きるとか死ぬとか父親とか』を絶賛「筋の一本通った見事な文章」
太田光:ジェーン・スーのね、『親とか、じいさんとか、ばあさんとか』…
田中裕二:『生きるとか死ぬとか父親とか』でしょ(笑)
生きるとか死ぬとか父親とか
太田光:はっはっはっ(笑)
田中裕二:だったら、『部屋とワイシャツとわたし』でいいよ。
太田光:ああ、そうか。
田中裕二:『酒と泪と男と女』でいいよ。
太田光:愛と青春の旅立ち。…あれをちゃんと言ってなかったけど、ジェーン・スーちゃんって人は、20いくつの時、凄いお金持ちだったんだよね。
田中裕二:うん。
太田光:お父さんが宝石商か何かやってて。お父さんが道楽者で、愛人作ったりなんかもしてだね。
田中裕二:うん。
太田光:お母さん、家で…言ってみりゃ、『阿修羅のごとく』みたいな。最終的には、負債抱えて。3階だか4階建てのビルに住んでたんだよ、本郷だかどこかの。
田中裕二:うん。
太田光:お嬢様だったんだよ。それが、24ぐらいになって。お母さんが、親父の病気を看病してて、お母さんは自分のこと二の次だったから。亡くなっちゃってさ。
田中裕二:うん。
太田光:で、開けてみたら夫妻だらけ。持ち逃げされたり、人がいいから、親父も。
田中裕二:うん。
太田光:で、信用してた人に裏切られたり。ビルも売らなきゃなんねぇってことになって。スーちゃんとしては、自分が慣れ親しんだビルで、お母さんの思い出もあるから、なんとか守ろうとして、わざわざ出版社かどっか…ファッションヘルスかなんかにいたんだけど、そこ辞めて。
田中裕二:ファッションヘルス(笑)
太田光:親父について学んで、なんとか立て直そうとしたんだけど、親父はやる気ない。
田中裕二:やさぐれちゃって。
太田光:やさぐれるまではいかないけど、認めたくないっていうか、そういうのもあって。一生懸命、ジェーン・スーがやるんだけど、とうとう手放さなきゃなんないって時に、「しょうがないでしょ」って言って。荷物とかどんどん運んで。
田中裕二:うん。
太田光:その時に、一切、手伝わないんだって。で、自分の大学の友達やらなんかでやってんだけど、一切、ソファに座って動かないんだって。
田中裕二:ふふ(笑)
太田光:「なんだ、この親父は」って。で、別居して。いろいろやってくうちに、スーちゃんもさ、TBSでこういうのやるようになって、コラムも名手だから。お金もまぁそこそこ。そうすると、親父さんから「俺、引っ越そうと思うんだよ」って。で、見積もり見ると、親父がもらえる年金より高い家賃なんだって(笑)
田中裕二:ふふ(笑)
太田光:これはどう考えても私に出せってことだなって。で、ジェーン・スーちゃんが「わかった、これは私が支援するけども、その代わり、あなたを書かせて」って言うんだよ。
田中裕二:ああ。
太田光:ここら辺が綺麗だよね、あの子は。
田中裕二:凄いよね。
太田光:面白い。要は買った、と。カネで父親の人生を買ったんだ、と。あの子らしい言い方だけども、そういえば自分は父親というものをね、父親という仮面をかぶせてしか見てなかった、男と女だった、父親と母親ってのは。
田中裕二:それはそうだ。
太田光:そういうふうに親子っていうのは、幸か不幸か、そういうふうにしか見られないんだ、と。話を聞いて、取材して。でも、月命日は2人で会って、お墓参りするんだよ。
田中裕二:うん。
太田光:そういうふうにして書いたのが、『父親とかじいさんとかばあさんとか』。
生きるとか死ぬとか父親とか
田中裕二:ふふ(笑)そうね。
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