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宇多丸、是枝裕和監督作品の特徴は「繕われた平穏の中で不意に覗く恐怖」であると指摘「そんなことを考えてたの?」

2018.06.09 (Sat)
2015年7月11日放送のTBS系のラジオ番組『ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル』にて、宇多丸が映画『海街diary』について語り、是枝裕和監督作品の特徴は「繕われた平穏の中で不意に覗く恐怖」であると指摘していた。

海街diary


宇多丸:そもそも、是枝作品っていうのは、表面上、繕われた平穏、日常生活の中に、要はふと出てきた言葉とかで、「えっ?本当はずっとそんなことを考えてたの?ゾーッ」みたいな。「怖い」みたいな、そういうのが十八番だったり。まぁ、たとえば『歩いても、歩いても』とか、『そして父になる』もそうでしたけども。

今回はでもね、そういう、言ってみればもう監督も影響を受けたと言われてる、向田邦子的なギスギス感っていうか、要は対立構図っていうかね。対立構図が表に出る面白さっていうのは抑え目で。

あるはあるんです。たとえば、大竹しのぶさん演じる姉妹の母が来ると。ここだけですね…先ほど、向田邦子と言いましたけど、映画版の『阿修羅のごとく』にも出演されてもいますから。

阿修羅のごとく


大竹しのぶが出てくるところと、あとは樹木希林さんがなんか感じ悪いこと言うところとかだけは、向田邦子感が出てくる、ギスギス感が出るんだけど、そういう対立感を際立たせることで面白がらせる映画というよりは、むしろその対立の構図が浮き上がる手前で、何か抑え込んでしまっているがゆえの危うさ。

つまり、「この静かさが怖いよ」っていう。この、「何も起こらなさこそが危ういよ」っていう、故に偶然に緊張感が続くという僕は計算だというふうに思いました。

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タグ : 是枝裕和,海街diary,

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