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土田晃之「有吉弘行が末吉くんを嫌いになったワケ」

2011.12.14 (Wed)
2011年12月13日放送の「爆笑問題カーボーイ」にて、有吉弘行が末吉くん(「細かすぎて伝わらないモノマネ選手権」で平泉成のモノマネをすることでお馴染み)を嫌うようになったワケについて語っていた。

太田「リスナーからのメールきてます。『土田さんに質問です。以前、土田さんがバナナマンのバナナムーンGOLDに出演されていた際、"仕事が減っていた時には、長野などの地方の仕事をしていた。その時は、このまま忘れ去られるのではないかと、怖かった"とおっしゃっていましたね』」

土田「はい、はい」

太田「『それを聞いて、以前長野放送のローカル番組、土曜だ!ぴょんという番組を思いだしてしましました』」

土田「はい(笑)はっはっは(笑)」

太田「土田さんがMCをやっていて、まだ有名になる前の劇団ひとりさんが、うさぎの耳をつけて、毎回ロケに出かけていました」

田中「はぁ~そんな番組してたんだ」

太田「『あと、有吉さんも少し出演されていて、ロケ現場のスーパーで、お前らよってくんな的なオーラを出しまくっていた印象があります』」

土田「はい、はい」

太田「『土曜だ!ぴょんが終わったあと、少し寂しかったのですが、その後の土田さん、劇団ひとりさん、有吉さん』…いうなれば、太田プロのビッグ3ですよね」

田中「太田プロを救った三人ですよ」

太田「スゴイですよこの活躍。『活躍を拝見すると、長野県民として嬉しく思います』」

土田「ありがとうございます」

太田「『土田さん、仕事が減っていた時の思い出や感じたことありましたら、教えていただけますでしょうか。また、全国に戻ることができた理由について、土田さん自身で感じることがありましたら、教えて下さい。今後の人生の何かのヒントになれば、と思います』」

土田「ならない、ならない(笑)」

田中「これは、いつやってた番組?」

土田「これがですね、99年くらいで、それこそまさに対馬(相方)が辞めるときだったんです」

太田「あぁ~」

土田「1回、パイロット版を夏に撮ったんです。そしたら、夏以降、対馬が休ませて欲しいっていうんで、『どうすんだ?休むかどうするのか、ハッキリして欲しい』って言って。『あの長野の番組、一人では無理だから、お前がもし来なかったら、後輩を連れて行きたい』って言って、劇団ひとりを連れて行ったの」

田中「そうなんだ。その時、もう劇団ひとりはピンになってたの?」

土田「ピンになってたの。川島…劇団ひとりの実力は凄かったんで、こいつが世に出ないワケがないって思って、引っ張りたくてしょうがなくて。それで、連れて行ったんです。そしたら、僕がスタジオで、あいつがロケを毎週やってて」

太田「うさぎの耳を着けて?」

土田「それも、あいつが勝手にやりだしたの。土曜ぴょん君ってキャラクターを自分で。耳つけて、最初サングラスとかして、リーゼントにして。第一回の放送から、土曜ぴょん君って言いだして。超面白くって」

田中「定着してねぇのにな」

さらに、以下のように語っていた。

土田「それで、どんどんロケとかで人気が出て来て。そしたら、1年経って、プロデューサーが代わったんです」

田中「うん」

土田「それで、なんかテコ入れしたいと思ったんでしょうね、そしたら劇団ひとりを切るってことになって」

太田「えぇ?」

田中「土曜ぴょん君を?」

土田「だから、俺は大激怒ですよ。ふざけんじゃねぇって。そしたら、そのプロデューサーがわざわざ長野から太田プロまで来て」

太田「来て?」

土田「俺はもう『劇団ひとりを残してくれ』って言って。だけど、『それはもう決まったことなんで』って言われちゃって。でも、その時にもう劇団ひとりは、フジテレビの深夜番組に出始めて、ちょっとキてた感じがあったんで、『まぁまぁ、劇団ひとりは…』ってことになったんで、代わりに誰か入れて欲しいってことになって」

田中「うん、うん」

土田「その何人かの候補の中に、有吉を入れてたの」

太田「えぇ~そうなんだ」

土田「その番組、土曜日の夕方の番組なんですけど、劇団ひとりって、やっぱり立ち居振る舞いが上手なんですよ。時間に合ったことをやるじゃないですか」

田中「うん、うん」

土田「有吉ってね、それができないんですよ(笑)」

太田「はっはっは(笑)」

土田「夕方のほのぼのとした長野の番組で、初っぱなから毒を吐いて、スタジオをシーンとさせたの。それから、アイツはハマることなく、クビになったの」

太田「はっはっは(笑)その時は怒らなかったの?仕方ないって?」

土田「その時に、有吉は内Pかなんかで重なっちゃって、内Pをとったの。それはね、全国ネットだし。その時に代わりに来たのが、末吉くんだったの」

田中「平泉成のモノマネする?」

土田「そう。アイツは、ほのぼのしてて、長野の県民性にすごいハマったの」

田中「あぁ~」

土田「一発目から、『あの子は良い』ってなって。だから、有吉は末吉くんの名前を出すと、スゴイ嫌な顔をする」

太田「あぁ~」

土田「『末吉にとられた』って思ってるから」

太田「自分のポジションを奪った男」

土田「僕もその番組を終わることになって、有吉もみんな抜けたじゃないですか。今、だから終わったあとも末吉が数年間、長野でやってるんですよ」

田中「今でもやってんだ、末吉くんが」

土田「はい。長野でCMもやってて」

田中「そうなんだ」

土田「ちょっと、地方タレントみたいになってて」

太田「あいつ、太田プロ?」

土田「太田プロです」

太田「そのうち、末吉くんも」

土田「それこそ、末吉は一時期、ノンキーズの山崎と組んでたこともあって。山崎末吉で」

太田「組んでたよね」

土田「その時が、アイツ一番地獄だったって言ってましたけどね」

太田「はっはっは(笑)歩くの遅くて?」

田中「そこは良いでしょ」

太田「夢の番組だね、今考えると。今頃、プロデューサーは悔しがってんじゃないの?」

田中「いや、でも自慢でしょ。『俺が育てた』って言ってるでしょ」

土田「堀内健も来てて。その頃、ネプリーグを深夜でやってて、秋葉カンペーってやってたでしょ」

田中「カンペだしてね。あれ大好き」

土田「あれで、番組の観覧でやってくるって言って。でもね、土曜だ!ピョンは観覧番組じゃなかったの。その週だけ観覧にして。それで、ケンちゃんがカンペ出しやすいように、その週だけ、全く違う番組だったの」

田中「そうなんだ」

土田「フジテレビからオファーがきて嬉しいから、全部やるって感じで」

太田「へぇ」

土田「ホント好き勝手できて、一番楽しい番組だったかもしれなかったですね」と語っていた。

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タグ : 爆笑問題,土田晃之,劇団ひとり,有吉弘行,

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