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古舘伊知郎、爆笑問題・太田光が母の告別式で行った感動的なスピーチについて語る「涙出た」

2016.11.19 (Sat)
2016年11月18日放送のニッポン放送系のラジオ番組『古舘伊知郎のオールナイトニッポンGOLD』にて、フリーキャスター・古舘伊知郎が、爆笑問題・太田光の母・瑠智子の告別式で、太田が行ったという感動的なスピーチについて語っていた。

喋らなければ負けだよ


古舘伊知郎:太田光の(母の告別式での)御挨拶が始まって。「本日は皆さん、ありがとうございます」って。この時の挨拶が良かった。なんて言ったと思う?ど頭。

「皆さん、どうも。ドナルド・トランプです」って言ったんだよ。そしたら即座に横の位牌を持っている田中が、思い切り「違うだろ!そういう場じゃないだろ」「あ、そうなの?」って。そっからですよ。

「数年前に、父が亡くなりましたけども、父は本当に文学も好きで、文学の面白さや落語の面白さを僕に教えてくれました。親父とお袋が、やっぱり全ての僕の感受性の源になっています」

「お袋はコーラスが大好きで、ずっとコーラスに勤しんでいました。音楽の素晴らしさも教えてくれたし、なんと言っても、小さい頃、お袋が読み聞かせ、語り聞かせを枕元で寝る前にやってくれました。その物語を聞くのが大好きで、今、僕の仕事の源になってるのは、あのお袋の語りだったって、今、思います」

「最期の数年は、色んなことがありまして、老人施設に、お袋は自ら望んで入っていきました。だけど、皆さん方、老人施設の方々にとてもお世話になったんで、これだけは言っておきたい。もちろん、良いところに入らせてもらってということもありますけども、昔のイメージと打って変わって、本当に元気な方々がそこに入っていて、ウチのお袋と一緒に合唱をやったり、みんなで助け合いながら、楽しくおしゃべりしたり、そんな数年を過ごさせてもらって嬉しかった」

「仕事、ロケとロケの合間に、病院に駆けつけて、いよいよだってことになったんですけども、その時に、お袋の呼吸は苦しそうでした。お袋は、肺気腫の末期のステージだったので、もう助からないということは分かっていました。息がとても苦しそうだったので、耳元で、目を閉じてるお袋に、『お袋、息するの苦しいか?』って訊いたら、口はもうきけなくなっていましたが、首を横に振るんです。『大丈夫、苦しくない』という意味です」

「本当に頑固というか、意思が強くて、優しいお袋で。80数年生きてきて、俺、お袋が人の悪口を言ってたり、愚痴を言ってるのを聞いたことないんですよ。最期の最期まで、首を横に振って、『苦しくない』と言ってくれました」

「でも、苦しそうなんで、『先生、どうしたらいいだろう?』って言ったら、『呼吸をしやすくなる薬を入れてきたけれども、お母さん、苦しいだろうから、そろそろこの薬を抜いてもいい頃合いかと思います』というのを聞いたので、『自然な形で』とお願いしました」

「それから、いよいよ薬を入れなくなって、いよいよかな、と思って。その時に『あ、いけない』と気づいて。お袋は、越路吹雪さんの大ファンだったので、さっきもずっと流れてましたけど、葬儀の間。『愛の賛歌』『薔薇色の人生』をカセットテープで、お袋の耳元で聴かせました」

「お袋は黙って目を閉じて聴いているのか、いないのか。ずーっと黙っていて、2曲すっかり聴き終わった、その刹那にお袋は息を引き取りました。モニターが、ゼロと刻みました。いやぁ、綺麗な死に方でした」

「『光。人間、死ぬ時はこんな死に様もいいよ』というふうに教わった気がしました。親不孝者ですが、最後、そんな話をしたかったんです」

「以上、現場からドナルド・トランプがお伝えしました」って。

そしたら、もう一回、田中が「いいんだよ、そこは!」って。格好良くない?もうね、太田光さんもね、田中さんもね、もえさんもね、みんな素晴らしいと思ったし、涙出たし。

セコイんだけど、相方っているといいなって思ったしね。本当にね、そのあたりはね、太田光、天才って思うけど、一人で生きてねぇよな。お母さんあったればこそだってなぁって、色んなこと感じた。


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タグ : 古舘伊知郎,爆笑問題,太田光,

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