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爆笑問題・太田、「落語が1人喋りであることは怠慢」と批判したお笑い評論家・高橋維新に反論「お前に感受性がないんだ」

2016.09.29 (Thu)
2016年9月27日放送のTBSラジオ系のラジオ番組『爆笑問題カーボーイ』(毎週火 25:00-27:00)にて、お笑いコンビ・爆笑問題の太田光が、「落語が1人喋りであることは怠慢」と批判したお笑い評論家・高橋維新に対し、「お前に感受性がないんだ」と反論を行っていた。

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太田光:(高橋維新の批判で)「落語を1人で演じるのは、誰が誰だか分からなくなる」と。「あれは経費削減なんじゃないか」って書いてるの。

田中裕二:面白い。

太田光:演劇をするのに、キャスティングが必要だから。演出するのに。

田中裕二:うん。

太田光:「それは、演者の努力不足だ。怠惰だ」と。でも、よく考えてくれ。怠惰っていうのは、「お前の怠惰だ」って思うわけ。

田中裕二:うん。

太田光:これは芸人が強要するわけじゃないけれども、柳田国男の話から始まってね、要するに1人の語り部がずーっと語り継いできた中で、ふっと祠で蝋石を見た時に、真っ青な空に、星空がバーッと浮かんだことのある感受性。

田中裕二:うん。

太田光:その感受性がなければ、民俗学なんかできませんよっていうのは、落語家もそうなんですよ。

田中裕二:うん。

太田光:つまり、その感受性がないと、落語なんてものは語れないし、落語を見るにあたっては、その感受性がなければ落語は見れません。

田中裕二:うん。

太田光:僕は、その経験をしてます。はっきり言って。立川談志を見てて、談志がいなくなった経験をしてます。

田中裕二:うん。

太田光:落語っていうのは、そういう意味では、究極の芸術なんですよ。

田中裕二:うん。

太田光:たった1人で、時間も超え、場所も超え、人も超え。何も超え、誰がどうとか、上下(かみしも)がどうとかへったくれもなんともない。全ての世界がたった1人で表現できるジャンルなんですよ。それを、『ENGEIグランドスラム』でそこまで到達できてるとは言いません。

田中裕二:うん。

太田光:でも、「落語っていうものを、演者の怠惰だ。怠慢だ」って言うのは、はっきり言って、それはお前の怠慢だ、と。お前が分からないもの。例の入れ墨だらけの犯人が、「彼ら(障害者)、コミュニケーションできないだろ」って言ったのと同じ(爆笑問題・太田、障害者施設殺傷事件の犯人「意思疎通できぬ人刺した」との主張に反論「大切なのは受け取る側の感受性」)なんですよ。

田中裕二:うん。

太田光:お前に感受性がないんだってことなんですよ。お前に感受性があれば、あそこに感動できるものがいっぱいあるんですよ。

田中裕二:うん。

太田光:それは、目線の動き一つとってもそうです。そこで全部世界が広がっていくわけですよ。想像力の中で。だからたった1人でやる落語が、何よりも、どんな群集劇、蜷川幸雄の芝居よりも、何よりも素晴らしいのは、たった1人で演じるからなんです。

田中裕二:うん。

太田光:それをやるから。そこは「間」ですよ。簡単な言葉で言えばね。間によって、ふっと別の世界に誘い込まれる瞬間があるわけですよ。

田中裕二:うん。

太田光:で、なぜ1人でやるかって言うと、人間っていうのはずーっと1人だからですよ。1人で生まれてきて、1人で死んでいく。だから落語家は1人で演じるんですよ。

田中裕二:うん。

太田光:それを分からないくせに、とやかく言うのは、やめた方がいいなじゃない?

田中裕二:はっはっはっ(笑)

太田光:つまり、彼はマニュアル、お笑いのセオリーを一生懸命作ってるけども…彼は芸人になりたいんです。維新君。

田中裕二:うん、ね。

太田光:芸人になりたいのなら、なればいい。御託並べてないで、客前に立って芸をしてみろ、と。俺が言いたいのはそれだけです。


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タグ : 爆笑問題,太田光,田中裕二,高橋維新,

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