カテゴリ:ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!! の記事一覧
2013/08/06 マツコ・デラックス「目指したかった理想のタレント」
2013/05/20 月亭方正(山崎邦正)から浜田雅功への手紙
2013/05/20 ダウンタウン・松本人志から浜田雅功への手紙
2013/05/19 ココリコ・遠藤からダウンタウン・浜田への手紙
2013/05/13 ライセンス・井本からダウンタウン・浜田への手紙
2013/05/13 ライセンス・藤原からダウンタウン・浜田への手紙
2013/05/13 ココリコ・田中からダウンタウン・浜田への手紙
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マツコ・デラックス「目指したかった理想のタレント」
2013.08.06 (Tue)
2013年08月04日放送の「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで」にて、マツコ・デラックスがゲスト出演していた。
マツコ・デラックス「高田純次さん、うらやましいなぁ。あと清水ミチコさんとか」
松本人志「俺も、違う番組やけど、笑福亭鶴瓶さんやな」
浜田雅功「あぁ」
松本人志「あの感じエェわぁ」
マツコ・デラックス「分かる。…私はこんなつもり、本当になかったの」
松本人志「うん?」
マツコ・デラックス「自分の冠ついた番組やるとか、そんな責任を負うつもりはなかったの」
松本人志「何本レギュラーやってんの?」
マツコ・デラックス「7~8本ね」
松本人志「山崎は何本?」
月亭方正「準レギュラーは…」
浜田雅功「なんで準レギュラーからやねん(笑)」
松本人志「スゴイな(笑)」
マツコ・デラックス「…だから、全然、そんなつもりなかったのよ。2年くらい及びが掛かって、物書きの地味な世界に戻っていくんだろうなって思ってたから」
浜田雅功「へぇ」
マツコ・デラックス「一時期、逃げ出したかったね」
浜田雅功「ふぅん」

マツコ・デラックス「高田純次さん、うらやましいなぁ。あと清水ミチコさんとか」
松本人志「俺も、違う番組やけど、笑福亭鶴瓶さんやな」
浜田雅功「あぁ」
松本人志「あの感じエェわぁ」
マツコ・デラックス「分かる。…私はこんなつもり、本当になかったの」
松本人志「うん?」
マツコ・デラックス「自分の冠ついた番組やるとか、そんな責任を負うつもりはなかったの」
松本人志「何本レギュラーやってんの?」
マツコ・デラックス「7~8本ね」
松本人志「山崎は何本?」
月亭方正「準レギュラーは…」
浜田雅功「なんで準レギュラーからやねん(笑)」
松本人志「スゴイな(笑)」
マツコ・デラックス「…だから、全然、そんなつもりなかったのよ。2年くらい及びが掛かって、物書きの地味な世界に戻っていくんだろうなって思ってたから」
浜田雅功「へぇ」
マツコ・デラックス「一時期、逃げ出したかったね」
浜田雅功「ふぅん」
月亭方正(山崎邦正)から浜田雅功への手紙
2013.05.20 (Mon)
2013年05月19日放送の「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!」にて、「いち早く50歳を迎える浜田に他のメンバーがマジで感謝の手紙を贈る」という企画が行われており、月亭方正(山崎邦正)が、ダウンタウン・浜田雅功への感謝の手紙を送っていた。![ダウンタウンの前説 vol.2 [DVD]](http://ecx.images-amazon.com/images/I/51iIkSLE7AL._SL160_.jpg)
月亭方正(山崎邦正)「浜田さんへ 50歳の誕生日、おめでとうございます。あれはいつのことでしょうか。それは、12年前です」
「僕が、あやと結婚した時のことです。その日は、東京のとある場所で開催した、僕とあやの結婚披露宴。出席人数150人ほどの結パーティーだったのですが、そこに浜田さんが来てくださいました。そして、『これ』と、一言だけ言ってご祝儀を渡してくれました」
「パーティーは終始、笑いあり、涙ありでとてもいい雰囲気で、僕は本当に嬉しくて、浜田さんにお礼を言いたかったのですが、言えずに終わっていました。そして、その夜、パーティーが終わったあと、僕とあやは連日の実務から大げんかをしてしまったのです。そして、最悪の雰囲気の中、ご祝儀返しの段取りもあるので、皆さんにいただいたご祝儀の整理を始めたのです」
「そこで、始めて浜田さんにいただいたご祝儀の中を見たんです。僕は、浜田さんだからどれくらい大金が入っているのかな、と中を見ると、入っていたのは、500円のおもちゃ券でした」
さらに、以下のように語っていた。
![ダウンタウンの前説 vol.2 [DVD]](http://ecx.images-amazon.com/images/I/51iIkSLE7AL._SL160_.jpg)
月亭方正(山崎邦正)「浜田さんへ 50歳の誕生日、おめでとうございます。あれはいつのことでしょうか。それは、12年前です」
「僕が、あやと結婚した時のことです。その日は、東京のとある場所で開催した、僕とあやの結婚披露宴。出席人数150人ほどの結パーティーだったのですが、そこに浜田さんが来てくださいました。そして、『これ』と、一言だけ言ってご祝儀を渡してくれました」
「パーティーは終始、笑いあり、涙ありでとてもいい雰囲気で、僕は本当に嬉しくて、浜田さんにお礼を言いたかったのですが、言えずに終わっていました。そして、その夜、パーティーが終わったあと、僕とあやは連日の実務から大げんかをしてしまったのです。そして、最悪の雰囲気の中、ご祝儀返しの段取りもあるので、皆さんにいただいたご祝儀の整理を始めたのです」
「そこで、始めて浜田さんにいただいたご祝儀の中を見たんです。僕は、浜田さんだからどれくらい大金が入っているのかな、と中を見ると、入っていたのは、500円のおもちゃ券でした」
さらに、以下のように語っていた。
ダウンタウン・松本人志から浜田雅功への手紙
2013.05.20 (Mon)
2013年05月19日放送の「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!」にて、「いち早く50歳を迎える浜田に他のメンバーがマジで感謝の手紙を贈る」という企画が行われており、ダウンタウン・松本人志が、ダウンタウン・浜田雅功への感謝の手紙を送っていた。![ダウンタウンの前説 vol.2 [DVD]](http://ecx.images-amazon.com/images/I/51iIkSLE7AL._SL160_.jpg)
ところが、松本人志は自ら読み上げることができず、代案としてココリコ・田中が読み上げることとなった。
しかしながら、田中が読み上げ始めたところ、松本人志がストップを掛け、結局のところその全容は不明のままである。「年末に読む」といったことを口走っていたが、明確な日時は不明である。
全貌は便箋2枚の手紙であるが、その一部がテレビ画面に映し出され、分かりうる限りの文章は以下の通りであった。
![ダウンタウンの前説 vol.2 [DVD]](http://ecx.images-amazon.com/images/I/51iIkSLE7AL._SL160_.jpg)
ところが、松本人志は自ら読み上げることができず、代案としてココリコ・田中が読み上げることとなった。
しかしながら、田中が読み上げ始めたところ、松本人志がストップを掛け、結局のところその全容は不明のままである。「年末に読む」といったことを口走っていたが、明確な日時は不明である。
全貌は便箋2枚の手紙であるが、その一部がテレビ画面に映し出され、分かりうる限りの文章は以下の通りであった。
ココリコ・遠藤からダウンタウン・浜田への手紙
2013.05.19 (Sun)
2013年05月19日放送の「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!」にて、「いち早く50歳を迎える浜田に他のメンバーがマジで感謝の手紙を贈る」という企画が行われており、ココリコ・遠藤が、ダウンタウン・浜田雅功への感謝の手紙を送っていた。![ココリコミラクルタイプ 恋のみそ味 <低価格版> [DVD]](http://ecx.images-amazon.com/images/I/21FR4JPVCWL._SL160_.jpg)
ココリコ・遠藤章造「浜田さんへ。僕がガキの使いの前説をやらせていただけるようになったのは、今から16年前です。しかし、その裏では、芸人として本気で悩んでいた時期でもありました」
「当時、ココリコというコンビは、同期の芸人に比べ、なんの特徴もない悪い意味での優等生タイプで、前に出ることもできない状況が続いていました。そこで僕は、悩みに悩んだあげく、自分とは天と地ほども差がある浜田さんに勇気を振り絞って相談を持ちかけていたのです」
「すると、浜田さんは前説をやっていた若造の僕のために、わざわざ西麻布の高級店の個室を予約してくださり、一対一で僕の相談に乗ってくれました。そして浜田さんは、僕の相談が分かっていたかのように、アッサリと一言だけ、『オレをどついたらエエやん』と言ってくれたのです」
「それは当時の若手で、浜田さんをツッコめる人間など居るはずもなく、それをすれば、一気にココリコ遠藤という名に注目が集まるだろうという意味が込められた意図でした。実際に、浜田さんにツッコむことなど、今もできませんが、当時、浜田さんが自分のことをそこまで考えてくれていたのだと知り、この人が居れば、安心して芸人が続けられると思ったことを、今でもはっきりと覚えています」
「さらに数日後、他の番組の収録で、僕のことを『章造』と呼んでくださり、僕と浜田さんの関係を、スタッフの方々や、他の演者さんに、印象づけてくれました」
さらに、以下のように語っていた。
![ココリコミラクルタイプ 恋のみそ味 <低価格版> [DVD]](http://ecx.images-amazon.com/images/I/21FR4JPVCWL._SL160_.jpg)
ココリコ・遠藤章造「浜田さんへ。僕がガキの使いの前説をやらせていただけるようになったのは、今から16年前です。しかし、その裏では、芸人として本気で悩んでいた時期でもありました」
「当時、ココリコというコンビは、同期の芸人に比べ、なんの特徴もない悪い意味での優等生タイプで、前に出ることもできない状況が続いていました。そこで僕は、悩みに悩んだあげく、自分とは天と地ほども差がある浜田さんに勇気を振り絞って相談を持ちかけていたのです」
「すると、浜田さんは前説をやっていた若造の僕のために、わざわざ西麻布の高級店の個室を予約してくださり、一対一で僕の相談に乗ってくれました。そして浜田さんは、僕の相談が分かっていたかのように、アッサリと一言だけ、『オレをどついたらエエやん』と言ってくれたのです」
「それは当時の若手で、浜田さんをツッコめる人間など居るはずもなく、それをすれば、一気にココリコ遠藤という名に注目が集まるだろうという意味が込められた意図でした。実際に、浜田さんにツッコむことなど、今もできませんが、当時、浜田さんが自分のことをそこまで考えてくれていたのだと知り、この人が居れば、安心して芸人が続けられると思ったことを、今でもはっきりと覚えています」
「さらに数日後、他の番組の収録で、僕のことを『章造』と呼んでくださり、僕と浜田さんの関係を、スタッフの方々や、他の演者さんに、印象づけてくれました」
さらに、以下のように語っていた。
ライセンス・井本からダウンタウン・浜田への手紙
2013.05.13 (Mon)
2013年05月12日放送の「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!」にて、「いち早く50歳を迎える浜田に他のメンバーがマジで感謝の手紙を贈る」という企画が行われており、ライセンス・井本貴史が、ダウンタウン・浜田雅功への感謝の手紙を送っていた。![LICENSE vol.Zepp ENJOY!!~FINAL~ [DVD]](http://ecx.images-amazon.com/images/I/51n1FRfSYNL._SL160_.jpg)
ライセンス・井本貴史「浜田さんへ。50歳のお誕生日、おめでとうございます。12年前に上京してすぐ、浜田さんとお会いしてから、今まで、いろいろなことを教えていただきました」
「状況当時の僕は、ボケからツッコミに変わり、ツッコミとは何かを全く分からず、正直、やっていけないかな、と思っていた時に、1からツッコミのことを教えてくださったことを、本当に感謝しております」
「今思えば、浜田さんからしたら、『そんなこと、自分で考えろ』というようなツッコミの基礎を、毎週のように朝まで細かく教えてくださったことは、僕の大切な財産です」
「プライベートでも、当時の僕はお金がなくて、御飯を食べれない時に、『腹へってんのやったら、電話してこい』とおっしゃっていただき、ほぼ毎日電話して御飯をご馳走になっていました」
「その時に浜田さんがおっしゃっていただいた、『偉そうに言うつもりはないけど、俺といるときはエエもん食べろ。自分で御飯食べるときは、お金ないねんから、安いもの食べろ。一番上と、一番下を知ることで、人間としての幅が広がるから』と言ってくださり、いつも高いものをご馳走していただきました」
![LICENSE vol.Zepp ENJOY!!~FINAL~ [DVD]](http://ecx.images-amazon.com/images/I/51n1FRfSYNL._SL160_.jpg)
ライセンス・井本貴史「浜田さんへ。50歳のお誕生日、おめでとうございます。12年前に上京してすぐ、浜田さんとお会いしてから、今まで、いろいろなことを教えていただきました」
「状況当時の僕は、ボケからツッコミに変わり、ツッコミとは何かを全く分からず、正直、やっていけないかな、と思っていた時に、1からツッコミのことを教えてくださったことを、本当に感謝しております」
「今思えば、浜田さんからしたら、『そんなこと、自分で考えろ』というようなツッコミの基礎を、毎週のように朝まで細かく教えてくださったことは、僕の大切な財産です」
「プライベートでも、当時の僕はお金がなくて、御飯を食べれない時に、『腹へってんのやったら、電話してこい』とおっしゃっていただき、ほぼ毎日電話して御飯をご馳走になっていました」
「その時に浜田さんがおっしゃっていただいた、『偉そうに言うつもりはないけど、俺といるときはエエもん食べろ。自分で御飯食べるときは、お金ないねんから、安いもの食べろ。一番上と、一番下を知ることで、人間としての幅が広がるから』と言ってくださり、いつも高いものをご馳走していただきました」
ライセンス・藤原からダウンタウン・浜田への手紙
2013.05.13 (Mon)
2013年05月12日放送の「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!」にて、「いち早く50歳を迎える浜田に他のメンバーがマジで感謝の手紙を贈る」という企画が行われており、ライセンス・藤原一裕が、ダウンタウン・浜田雅功への感謝の手紙を送っていた。![LICENSE Vol.8 [DVD]](http://ecx.images-amazon.com/images/I/51e0GUo-RxL._SL160_.jpg)
ライセンス・藤原一裕「我々ライセンスも、ガキの使いの現場に来させていただくのも12年になります。僕たちは、浜田さんに救われています。東京に来て、なかなか仕事も上手くいかず、せっかくいただいた仕事でも、結果に結びつけることができない自分たちの状況に、僕は悩み、あるとき井本に、ライセンスは解散しよう、と切り出しました」
「2人で話して、会社にもこの日に報告しようと決めました。浜田さんには、井本から解散します、と報告がいったと思います。僕は当然、浜田さんが『そうか』と仰るものと思っておりましたが、井本から聞いた浜田さんの言葉は、『解散したらアカン。もうちょっとやれ』というものでした」
![LICENSE Vol.8 [DVD]](http://ecx.images-amazon.com/images/I/51e0GUo-RxL._SL160_.jpg)
ライセンス・藤原一裕「我々ライセンスも、ガキの使いの現場に来させていただくのも12年になります。僕たちは、浜田さんに救われています。東京に来て、なかなか仕事も上手くいかず、せっかくいただいた仕事でも、結果に結びつけることができない自分たちの状況に、僕は悩み、あるとき井本に、ライセンスは解散しよう、と切り出しました」
「2人で話して、会社にもこの日に報告しようと決めました。浜田さんには、井本から解散します、と報告がいったと思います。僕は当然、浜田さんが『そうか』と仰るものと思っておりましたが、井本から聞いた浜田さんの言葉は、『解散したらアカン。もうちょっとやれ』というものでした」
ココリコ・田中からダウンタウン・浜田への手紙
2013.05.13 (Mon)
2013年05月12日放送の「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!」にて、「いち早く50歳を迎える浜田に他のメンバーがマジで感謝の手紙を贈る」という企画が行われており、ココリコ・田中直樹が、ダウンタウン・浜田雅功への感謝の手紙を送っていた。
田中直樹「浜田さんへ。僕達ココリコが、ガキの使いの前説をやらせていただいたのは、今から16年前、25歳の時でした。それから今日に至るまで、ずっとお世話になっております」
「浜田さん、覚えてますか?前説を初めて間もない頃、浜田さんは僕に、『なんやお前?靴、ボロボロやないか』と言いました。当時僕は、ドクターマーチンの黒い靴が大好きで、いつもその靴を履いていたのですが、靴底も限界まで磨り減り、誰の目から見ても、もうボロボロの状態でした」
「しかし、当時の僕は生活するのもやっとで、会社にも借金を作り、新しい靴を買う余裕など、全くありませんでした。そして、次の収録の時も、浜田さんは『またその靴履いてんのか?新しい靴買えよ』と、冗談混じりに言いました。そして、僕が『そうなんですよ。すみません』と答えると、『これで新しい靴、買え!』と、2万円を差し出しました」
「『いえ…いえ。そんな、とんでもないです』と断っても、『いいから、買え、買え』と、僕にお金を渡し、その場を立ち去りました。翌日、僕はすぐ新しいドクターマーチンの同じ靴を買い、次の収録の時、真っ先に浜田さんにその靴を見せ、『ありがとうございました。新しい靴を買わせていただきました』と言い、お釣りの8千円を渡そうとすると、『いらんいらん。それでなんか、美味いもん食え』といって、お釣りも受け取ってくれませんでした」

田中直樹「浜田さんへ。僕達ココリコが、ガキの使いの前説をやらせていただいたのは、今から16年前、25歳の時でした。それから今日に至るまで、ずっとお世話になっております」
「浜田さん、覚えてますか?前説を初めて間もない頃、浜田さんは僕に、『なんやお前?靴、ボロボロやないか』と言いました。当時僕は、ドクターマーチンの黒い靴が大好きで、いつもその靴を履いていたのですが、靴底も限界まで磨り減り、誰の目から見ても、もうボロボロの状態でした」
「しかし、当時の僕は生活するのもやっとで、会社にも借金を作り、新しい靴を買う余裕など、全くありませんでした。そして、次の収録の時も、浜田さんは『またその靴履いてんのか?新しい靴買えよ』と、冗談混じりに言いました。そして、僕が『そうなんですよ。すみません』と答えると、『これで新しい靴、買え!』と、2万円を差し出しました」
「『いえ…いえ。そんな、とんでもないです』と断っても、『いいから、買え、買え』と、僕にお金を渡し、その場を立ち去りました。翌日、僕はすぐ新しいドクターマーチンの同じ靴を買い、次の収録の時、真っ先に浜田さんにその靴を見せ、『ありがとうございました。新しい靴を買わせていただきました』と言い、お釣りの8千円を渡そうとすると、『いらんいらん。それでなんか、美味いもん食え』といって、お釣りも受け取ってくれませんでした」
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