カンニング竹山が語る「亡くなった相方・中島忠幸」

2012.12.28 (Fri)
2012年12月21日放送の「爆笑問題の検索ちゃん。」にて、カンニング竹山(竹山隆範)が出演し、単独ライブ『放送禁止』の一部を漫談形式で披露していた。
カンニング竹山単独LIVE「放送禁止」2012 [DVD]
竹山隆範「どうも竹山です。よろしくお願いします。今回、テレビという舞台で僕は、あることにチャレンジしてみようかと思います。皆さんもう忘れてるかもしれませんが、僕は以前、カンニングというコンビを組んでいました。中島という男とコンビを組んでいたんです」

「中島(中島忠幸)は、6年前に白血病でこの世を去ります。そして今年、ちょうど7回忌なんです。実は、今から5年前、もう5回続いているんですが、僕は単独ライブ『放送禁止』というものをやっています。そして、今年の放送禁止2012では、相方の亡くなった、死を笑い話に変えようというライブをやりました。それを今から短い間ですが、ごく一部しかできませんが、テレビで出来る範囲で、再現していこうと思います」

「といっても皆さん、そんな話をされたら引いちゃう、笑えないよって思うかも知れません。なので、僕はこれから短い間ですが、ちょこちょことエピソードを話します。そして皆さんがウケたり、楽しそうにしていたら、僕はこの仏具を鳴らします。要はこの仏具が鳴らされたら、その話は浄化されたよ、と。7回忌でこの話はしていいんだ、僕と皆さんはこの話をしていいんだ、ということです。そういうことにします」

「要は、亡くなった相方、死んだ人の話をオモシロくしていこうということです。なかなかこんなことをやる芸人、いませんよ。でも僕はやります。なぜか…相方が死んだ芸人、そうそういないからです」

さらに、以下のように語っていた。
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品川庄司・庄司 「ミキティに処分された大事なモノ」

2009.06.27 (Sat)
MANZAIドライブ 2 [DVD]2009年06月26日放送の「爆笑問題の検索ちゃん。」にて、庄司智春が、婚約中のミキティこと藤本美貴に激怒された事件について語っていた。

話の発端は、田中が奥さんの留守中に、食事制限を言い渡されているのにもかかわらず、隠れてステーキを焼いて食べた、と告白したこと。これに関して、太田が庄司に「結婚するに当たって、秘密とか無いの?」と質問した。

これに対して、庄司は「HなDVDとかですかね」と答えていた。「同居とかしてても、そういうの観るの?」となおも質問されると、庄司は「観ますよ。(ミキティには)隠していましたけど」と答えていた。

「だけど、(DVDを)見つかっちゃって…」と苦笑いする庄司。実は、すでにミキティにはそのDVDのありかを探られており、すでにみつかってしまっていたようだ。

この後の展開としては、以下のようなことがあったそうだ。
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爆笑問題・太田が語る 「忌野清志郎との出会い」

2009.06.13 (Sat)
忌野清志郎 ロッキングオンジャパン特別号―1951-20092009年06月13日放送の「爆笑問題の検索ちゃん。」にて、J-POPに関するクイズが出題されていた。その中の一つのテーマとして、忌野清志郎に関するクイズが取り上げられていた。

忌野清志郎の大ファンであるという太田は、初対面での印象は非常に強烈なものだった、と語っていた。話の発端は、雑誌記事で太田が「選挙なんかで政治や世の中は変わらない。だから、投票率なんか低くたって構わないじゃないか」といったことを書いたこと。

「その記事を清志郎さんが読んで、怒ったらしいと聞かされた。それで、清志郎さんが会って、太田さんに一言いってやりたいそうだ、と伝えられた」と太田は話した。それで、実際に喫茶店に呼び出されたのだという。

「それで、ずっと待ってたんですよ。喫茶店でちょこん、って座って。しばらくして、清志郎さんが店にやってきた」と太田は話した。

それから、以下のようなやりとりがあったそうだ。
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NON STYLE石田が、1日3回までしか漫才できない理由

2009.04.18 (Sat)
NON STYLEにて [DVD]2009年04月18日放送の「爆笑問題の検索ちゃん。」にて、NON STYLEが初出演していた。検索ちゃんメンバーの中では次長課長と仲が良いらしく、M-1の優勝祝いを真っ先にやってくれたのが河本だった、と明かした。

ただ、その場にはオードリーも招待されており、敵同士が顔を合わせるという微妙な空気になったそうだ。どうしてそんなことになったのかと河本は訊かれると、「俺は単なるミーハー。両方見てみたかった」と答えていた。

そん元々、体が弱いという石田は、相方の井上裕介から「骨折名人」などと呼ばれている。というのも、スキップしていて人差し指骨折、ボールを投げて腕を螺旋骨折、デコピンをして中指を複雑骨折…など虚弱エピソードが豊富であるかららしい。

そんな初登場のNON STYLEは、問題に関連して漫才のことを訊かれていた。その際、ボケ担当の石田明が、「医者に1日3回までしか漫才をやってはいけない」と言われていたことを明らかにしていた。その理由としては、以下のようなことだと語った。
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人気者だったというのは、妄想?爆笑問題・田中

2009.03.07 (Sat)
爆笑問題のニッポンの教養 DVD-BOX (Vol.1~5)2009年03月06日放送の「爆笑問題の検索ちゃん。」にて、中学・高校時代で人気者だったという爆笑問題・田中の過去について、詐称疑惑が取りざたされていた。話の発端は、太田の「Mr.井草など、無かったのではないか」という告発からだった。

Mr.井草とは、高校の時の文化祭で、人気者を選ぶという企画で作られたもの。田中が「高校時代、人気者だった。その証拠として…」というエピソードを語る際、必ずと言っていいほど出てくるキーワードである。だが、その過去についても疑問の声が出てきたようだ。

太田が「田中の高校時代の同級生に会ったことがある。その時、『Mr.井草』なるものについて訊いてみると、その同級生は『何それ?』というリアクションをされた。『Mr.井草』なんて、本当は無かったのではないか?」と、指摘していた。

このことに関して田中は、以下のようなことを話し始めた。
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伊集院光 「爆笑問題・田中が兄貴風を吹かせる」

2009.01.31 (Sat)
爆笑問題のニッポンの教養スペシャル 爆笑問題X慶應義塾 2030 の衝撃 [DVD]2009年01月31日放送の「爆笑問題の検索ちゃん。」にて、伊集院が普段から気になっている爆笑問題・田中の様子について話していた。話の発端は、第一問目のクイズだった。

そのクイズとは、「1967年にカラー放送がテレビ朝日でスタートした際、最初に放送されたのは、よく知られる人気アニメ番組。さて、そのアニメ番組とは何か?」という問題だった。この問題に対して、伊集院は「魔法使いサリー」と回答。

「サリーちゃんの衣装が、毎回替わったりすると、カラーの方が分かりやすい。そう言う意図もあったのではないか」と、自身の答えについて話を広げた。このトークに対して、田中は「でも、サリーちゃんは4チャンか6チャンのイメージ。だから、違うと思う」と、答えを全否定。

だが、答えは「魔法使いサリー」だった(1967年3月27日放送の第17話まで白黒で放送していたが、
翌週の4月3日の放送からカラーに変わった)。このことに対して、出演者は以下のような反応をしていた。
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千原兄弟・千原せいじの長男がショックなモノマネ

2008.12.20 (Sat)
チハラトーク#3 [DVD]2008年12月19日放送の『爆笑問題の検索ちゃん』にて、千原兄弟がゲスト出演していた。その際、千原せいじが「ショックなことがあった」と話していた。話の発端は、コンビであり、なおかつ実の姉弟である二人が、互いの住所や携帯電話の番号を知らない、ということを明かしたことだった。

そのことで、爆笑問題の田中に「仲は悪いんだろ?」と質問されていたが、その一方でジュニアは「13歳頃に、夜遅く帰る(深夜0時を過ぎていた)と、せいじに怒られた。原因はこの日がジュニアの誕生日で、せいじが手作りケーキを作って待っていたのに帰りが遅かったから。『ほら、バースデー・ケーキ』と渡された」 といったエピソードを明かした。

ちなみに、せいじの子供の頃の夢は、パティシエだったらしい。今でも、子供の誕生日には手作りのバースデーケーキを作るそうだ。

こうした話の中で、まだ一度も面識のない、ジュニアとせいじの子供の話になった。ただ、面識はないが、子供は叔父に当たるジュニアのことは知っているそうだ。そのせいじの子供が、父親であるせいじが非常にショックだった、以下のようなモノマネをしたそうだ。
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伊集院光 結婚式の司会をしていた時のハプニング

2008.03.29 (Sat)
2008年03月29日放送の「爆笑問題の検索ちゃん」で、落語家時代にバイトをやっていた結婚式での司会業について語っていた。

司会の営業をやっていたとき、「新郎がやってこない」「新婦がやってこない」というケースが、それぞれ1回ずつあったのだという。新郎がやってこない、というケースの時は、新婦が泣きじゃくり、その家族がなだめる、というまさに地獄絵図のような状況が繰り広げられていたそうだ。

「(新郎は)もうすぐ来ますから」と新婦の家族から言われても、伊集院は内心『来るわけない』と思っていたのだという。出席者の人たちからは「新郎はもう一人、付き合っている人がいた」などといった噂話が聞こえてきた、とのこと。

式を進行させるわけにもいかず、伊集院は「新郎の到着が遅れているようです。もうしばらくお待ちください」と言い続けねばならなかったようだ。だが、結局は時間がきてしまい、「お時間となってしまったようです。一旦、お開きとさせていただき、また後日、あらためて…」と言って披露宴は終わったのだという。

その後、伊集院はその家族に対して「(司会の)ギャラをください」と言いに行かなければならなかったのだそうだ。
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爆笑問題・太田の楽屋での様子

2008.03.29 (Sat)
2008年03月29日放送の「爆笑問題の検索ちゃん」で、収録現場では考えられない、爆笑問題・太田の普段の様子が語られていた。

収録中ではハシャギ、流れに関係なく大声で自分の話をするイメージがある太田だが、実は楽屋では非常に大人しいのだという。自分から話しかけることもなく、話すときもボソボソと『おじいちゃんみたい』(品川庄司・品川が、こう喩えた)だそうだ。

だが、会話には加わりたいらしく、品川が楽しそうに他の人たちと楽屋で話していると、太田はケープ(整髪料)をシューっとスプレーして『イジってほしい』というオーラを出すのだという。何回もスプレーするものだから、「太田さん、どうして何回もスプレーするんですか?」と品川は、いい加減ウザくなって訊いた。

すると、太田は「これ、良いニオイするから」と言ったが、間髪入れずにスタイリストが「それ、無香料ですよ」とツッコミを入れたのだそうだ。
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品川庄司・品川「爆笑問題・田中は、たまに殴りたくなる」

2008.03.29 (Sat)
2008年03月29日放送の「爆笑問題の検索ちゃん」で、品川庄司の品川が、普段の爆笑問題・田中が異常にムカつく、と話していた。

テレビの収録などではなく、普段の田中は非常に格好をつけるのだという。テレビ局の廊下などで会ったとき、品川が「おはようございます」と挨拶すると、田中は微笑みながら声に出さずに『おはよう』と口パクするのだという。

また、トイレで一緒になったときも、『お前も?』と微笑むのだという。その格好つけた態度に、品川は毎回「パーンって、殴ってやりたい」と思うのだという。

この話に共感した次長課長の河本は、「田中さんは、自分のことを阿部寛と同等なくらい格好いいと思っている」と、そのナルシストっぷりを批判していた。
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