内村光良、『ウンナンのANN』の仕掛け人である安岡喜郎は『イッテQ』『ヒルナンデス』も手がけた人物だと語る「凄い人でしょ」

2019.05.08 (Wed)
2019年5月7日放送のニッポン放送系のラジオ番組『内村光良のオールナイトニッポン』にて、お笑いコンビ・ウッチャンナンチャンの内村光良が、『ウッチャンナンチャンのオールナイトニッポン』の仕掛け人である安岡喜郎は、日本テレビ系の番組『イッテQ』『ヒルナンデス』も手がけた人物だと語っていた。



内村光良:(『ウッチャンナンチャンのオールナイトニッポン』の)安岡さんですよ、担当がね(安岡喜郎)。本当に安岡さんっていうのはね、縁深い人でね。

当時のこのニッポン放送のディレクターだったんですけども。あれは瀬戸大橋が開通した、私が23歳くらいの時だったのかな。そのイベントで、私と南原が営業をやってる合間にですね、瀬戸大橋のたもとに、ちょこんと腰掛けてですね。

安岡さんがですね、「ラジオやりませんか?」って誘ったのが、それが始まりですよね。それから『ラジオな奴ら』というのをやって、『オールナイトニッポン』に繋がるという。
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伊集院光、ラジオDJとしての育ての親・安岡喜郎という存在「この人には、頭が上がらない」

2015.01.20 (Tue)
2015年1月19日放送のTBSラジオ系のラジオ番組『伊集院光 深夜の馬鹿力』(毎週月 25:00 - 27:00)にて、お笑い芸人・伊集院光が、落語家時代にラジオDJとして見出し、育ててくれた安岡喜郎という存在について語っていた。

安岡は、94年までニッポン放送で『オールナイトニッポン』のディレクターを務め、翌年から日本テレビに転職。以後、プロデューサーとして活躍している。そんな安岡の「『笑点』のプロデューサーになった」という知らせに、伊集院は非常に驚いたのだという。その理由としては、伊集院が落語家時代に、安岡と落語界との関わりをできるだけ少なくしようと"暗躍"していたからだという。

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前の記事からの続き:伊集院光、笑組・かずおやフォークダンスDE成子坂・桶田ら懐かしい面々に遭遇「俺、死ぬな」

伊集院光:『深イイ話』出してもらって。そこの偉いスタッフの1人(安岡喜郎)が、元々、ニッポン放送で僕を育ててくれたディレクターだった人で。ニッポン放送を辞めて、日テレに行って、日テレで着実にキャリアを積み上げて、今、色んな番組のプロデューサーとかをやってる人で。この人には、頭が上がらないんですよ。この人には、亀頭がぴくりともしない…それじゃあ、魅力ねぇってことじゃねぇか(笑)

この人には、頭が上がらないんですけど。たまにすれ違うんですけど、テレビ業界において「伊集院を若い頃、世話した」って言うんだったら、この人が一番です。「お前、誰のお陰でここにいると思ってんだ?」って言って良い人ですよ。

でも、そういう人って、言わないんですよ。「育てた」って言う人は、ニッポン放送にいっぱいいると思うけど、「ビタ一文そんな覚えございませんけど」って言い返す自信のある人ほど、「育てた」って言うじゃないですか。

この人は、凄い紳士的な人で、そういうこと言わない人で。最近、すれ違うと「最近、どう?」とか。「DVD観たよ」くらいなんです。「今日も、よろしくお願いします」みたいな。
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