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中居正広、特番『僕はこう死にたい』放送日と父親の通夜の日が重なったと明かす「台本を父親が読んでいた」

2015.05.17 (Sun)
2015年5月16日放送のニッポン放送系のラジオ番組『中居正広のSome girl' SMAP』(毎週土 23:00-23:30)にて、SMAP・中居正広が、肺癌・喉頭癌で2月19日に亡くなった父親の通夜が21日に執り行われ、その同日、フジテレビ系の番組『中居正広の終活って何だ?僕はこうして死にたい』の放送日であったことを明かしていた。

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中居正広:面白いもので、(父親が)亡くなる1ヶ月くらい前に、僕の番組で、「僕はこう死にたい」っていう特番があって。たまたまなんだけど。本当は、去年の夏にやるって言ってたんだけど、ズレてこうなって。

俺の中では、なかなか厳しいなぁって思って。タイムリーだなぁって思ってて。でも、「仕事モードになれば大丈夫だ」って思って。

その夜も、(実家に)遊びに行って。(父親のすすめる酒を)飲んじゃって、帰れねぇやってなって。次の日、その収録があって。台本、かばんの中に入れてなかったのよ。休みだったから。家に帰って、入れて次の日に行けば良いと思ったんだけど。

「朝帰って、根性でやれば良いか」って思ってたんだけど、その日、バタバタって聞こえて。「どうした?」って訊いたら、「もうダメだ…」って言うから。「救急車か?」「救急車」って。それでまた行って。

点滴打つっていうから、その間にどうしようかなって言ってたら、中澤さんが来てくれて。台本を持ってきてくれて。点滴してる時に見てたら、「それ何だ?」って。「いや、なかなかタイムリーなんだけどさ、今日の収録でさ、『僕はこう死にたい』って番組やるんだよ」って。

「それ、台本見せてくれ」って言うんだよ。「いや、これ厳しいぜ。死ぬ準備をどういう風にしていくかって番組だよ」「いや、見せてくれ」って。「いいよ。じゃあ、2冊あるから、これ1冊な」って。

そんなんで、結局、オンエアは観れなかったのかな。2月19日に亡くなり、次の日がお通夜だったんですけど。友引があって、1日ズレたのかな。21日がお通夜で、22日がお葬式。それで4月8日が四十九日だったのかな。

そしたらさ、2月19日が、甥っ子の誕生日なんですよ。一番上の兄ちゃんの子供。22日が、姪っ子の誕生日なの。19日に亡くなるってこともあるし、友引があって、ズレてお葬式になるっていうね。

それで、お通夜の日が、「僕はこう死にたい」っていうオンエアの日なの。お通夜終わって、家でみんながやっぱりそれを観るのよ。俺、観れなくてさ。4月8日が、2番目の兄ちゃんの子供の誕生日で。こんなに重なることがあるのかなぁって。

でも、その後に遺産相続とかあるから、銀行に行ったりとか。戸籍が必要だから、って、北海道の戸籍、藤沢の戸籍とか。そしたら、川崎に住んでた戸籍とか出てきて。よく見たらさ、ウチのお父さんとお母さんの結婚記念日が、お通夜の日の2月21日だったの。

こんなことあるかなって。色んなこと、忘れるわけないよね。この数字が揃っちゃったら。それだけお父さんは、素晴らしい人生を送ってきたから。忘れられないようにって、神様が与えてくれたんじゃないかなって思うけどね。

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