木下優樹菜の壮絶な中学時代
2007.10.20 (Sat)

木下は「小学校時代は、バスケットボールを一生懸命やってて真面目だったんですよ。けど、中学で部活に入った後に『もう、ボールなんか見たくない』と思ったんですよ」と語っていた。どうやら、部活にも嫌気がさしていた時期だったようだ。
「その頃、ヤンキーの人たちを見たんですよ。その時に、『何て自由な人なんだろう』と思ったんですよ。それで、憧れてヤンキーになろうと思ったんですよ」と木下は語っていた。
「ヤンキーになろう、って決心を決めた日から、あまり間を置かずに、番長決めをすることになったんですよ。それで、タイマンをはることになった。『タイマン公園』(もちろん、正式な名前はそんなものではないが、木下たちはそのように呼んでいたようだ)で、一対一のケンカをすることになった。3分一本勝負のラウンド制だった」と話していた。
その勝負の行方は、以下のようなことになったようだ。
「順当に勝っていって、それで決勝まで勝ち残ったんですよ。それで、決勝戦をやることになった」と木下は語っていた。「だけど、最後に階段(公園にある施設の外階段)から投げ落とされちゃったんですよ。それで、『参った』っていって、降参することになったんです」
「優樹菜は、それで副番になったんですよ。その後は、他校の生徒とケンカをしたりした。男子と闘うこともあったし。その時は、自転車で相手に突っ込んで、金的を狙ったんですよ。それで、勝っていた」と、その戦法についてまで語っていた。
ちなみに、中一の時、始めて付き合った彼氏は、ヤンキーではなかったそうだ。「野球部の男子だった。ファーストキスは、『給食で食べたカレー味』だった」と話していた。
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