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伊集院光「円楽一門会で披露した落語」

2013.07.24 (Wed)
2003年04月08日に行われた円楽一門会で、伊集院光が直近の師匠である三遊亭楽太郎(現在の三遊亭圓楽)に依頼される形で約10年ぶりに高座に上がることとなった。その際に披露した噺の内容が、以下のようなものである。六代目三遊亭圓楽襲名記念 三遊亭楽太郎十八番集1

伊集院光「楽ちゃん(三遊亭楽太郎)も丸くなったね(笑)向こうから見てますけど、このまま逃げれますから、いろいろ言えるんですけどね(笑)」

「何年ぶりでしょうかね…辞めたのがもう10年前くらいですね。面白いもんで、最初は落語好きだから、落語のプロになれるって勘違いして入ってくるわけですからね。でも、1回辞めちゃうと、落語ファンにも戻れないんですよ。シガラミもあるし…だから、どうしたもんか、と日々、生きてるんですけどね」

「この間、たまたま寄せ若竹の近くを通って、懐かしい居酒屋に入ったら、居やがった…という言い方はマズイですね(笑)いらっしゃいましてね(笑)『今度、一門会やるんだよ』っておっしゃいまして」

「『聞いたら、一門増えてるようですね。お花でもお出ししましょうか』って言ったら、『出るんだぞ、お前も』と(笑)」

「困っちゃったもんで。落語家時代の着物も着れませんからね(笑)サイズがなくて。そしたら、円楽師匠のところに、大楽さんって方がいて。これまた正座が苦手そうな(笑)その方が着物を貸してくださるってことで、なんとか形になったんですけどね」

「そもそも、僕が落語家になったのは、高校2年生の終わりなんですよ。17歳。学校に行くのイヤになっちゃったんですね。今で言うところの、引きこもりみたいなもんですよ。流行を先取りしてたわけです。流行には敏感なもので(笑)家でダラダラしてたら、周りの評判がすごく悪いんです。『あの子は、家にいて何もしてない』なんて言われて」

「それが、『修行している』というと、言い方が綺麗になる。それでなんかないかなぁって。お笑い、落語家をやってみたいって思ってて。でも、落語家のなり方ってよく分からない。そしたら、親父の知り合いの知り合いで、吉河さんっていう、なんだか分からないけど落語のことをよく知ってる人がいて」

「その吉河さんに聞いたら、いろいろ紹介してくれるんじゃないかってことになりまして。そしたら、『今、入門するなら三遊亭楽太郎の方がいいよ』って。『アイツは活きが良いし、これからグングン伸びてくる落語家だから、アイツについてった方が良い』と」

「『ついては、俺は楽太郎のことはよく知ってるから、会う算段だけはつけてやる。会ったらそこでうまく弟子入りして、入れるかどうかはお前の器量だよ』って言われて。それでね、自分なりにプランを立てたんですよね。とりあえず会う算段がついたってことは、あと半年寝てても親には文句言われないって(笑)」

「それから高3の夏くらいから家で寝てましたね。僕のプランとしては、1回、挨拶に行って断られて戻るでしょ?それから1週間くらい海に行きたいな、と。海に行くと日焼けしますから、山篭りしてました、くらいのことを言って、再度、お願いします、と」

「また断られたら、1週間くらい友達と遊び歩いて、夏休み全部終わったら入れればいいなって思って。でね、ウチの師匠に会って。そしたら『弟子にしてください!』『…いいよ』と(笑)こっちにも都合があるんだよ(笑)」

「あとで聞いたら、吉河さんってのは円楽師匠の弟さんだったんですね(注:五代目 三遊亭円楽の本名は、吉河寛海)。『俺、芸能人知ってんだよ』っていうオッサンかと思ったら、かなり強力なコネクションで入れていただきまして」

「当時、17歳で世の中のことがよく分からないし、もっと言えば年配の人に対する上下関係も分からない。それで普通の生活をしてても分からないのに、落語界はそういうの厳しいところで。今考えると、とんでもない弟子でしたね」

「入門して3日後くらいですね。ウチの師匠が名前がないのも呼びづらいから、円楽師匠のところに行って、直々に孫弟子になるってことだから、名前をつけてもらえるってことになりまして」

「ウチの師匠が、円楽師匠の家に僕を連れて行くわけですけど、僕は自覚がないから。ちゃんと弟子になったって自覚がないから。『笑点に出てくる魔王みたいな顔の人だな。生で見れんだな』くらいにしか思ってないんですよ(笑)家の近くにいったら、ガッハガッハ声が聞こえると思ってたんですよ(笑)」

「そしたら、円楽師匠は寝ているときは別にオールバックじゃないんですね。起きたら、円楽師匠はあんまり朝強い方じゃなくて、寝癖ブワーってついてて…魔王が(笑)出てきて。ウチの師匠が『今度、ウチに入ることになりましたんで、名前つけてやってください』って。俺はものすごい仰々しい命名の儀式があるんじゃないかな、と。三三九度みたいな(笑)祝福の宴があって、最終的には背中に焼きゴテで『円楽』って入れられるのかな、と(笑)」

「円楽師匠が『名前はなんて言うの?』って訊いてきて。『田中って言います』って言って。『あぁ、そう…田中だから田楽…さようなら』って(笑)入門が4秒くらいで命名が2秒くらいで(笑)」

「今考えたら、絶対にありえないことなんですけど、『田中の田をとって、田楽…はい、そういうことで』『それ、なんかイマイチだな』って(笑)よくそこで辞めさせられれないですよね。イマイチだっていうから、円楽師匠もビックリして(笑)『じゃあ、もう一つ候補を出しますね』って言って(笑)」

「今度はスゲェ考えてくれるのかなって。長考に入りまして。一回、キャンセル入ってますから(笑)考えられないんですよ?入ってきた弟子が、名前キャンセルって(笑)」

「『じゃあ…………』って、寝たんだよね(笑)10分くらい。ほんで、やっと円楽師匠が言ったのが、『君、大きいね。楽大!それでいこう』って。また2秒くらいで。その時も、『これイケてねぇな』って思ったんですけど、そしたらもうウチの師匠はビックリしちゃって。こんなバカが入ってきたって思ってるから、『良い名前だね!スゴイいい名前だね!末広がりだしね!』って(笑)円楽師匠も『じゃあそれで』って」

「入ってから、大変なことも色々ありました。今になって思うと、良い思い出なんですけどね。今の同期で残ってる落語家されている方もいっぱいいらっしゃいますけどね、僕以外に辞めちゃったお弟子さんで良いキャラクターの人、いっぱいいましたよ。ほぼ同期で円楽師匠のところの若楽さんっていう、半年くらい先に入った人がいて。この人の伝説は残したい」

「円楽師匠が落語の稽古をしてる。昔は、三遍稽古なんていって、弟子の前で師匠が落語をやったのを、聞いて帰って覚える。それでいてもう一回聞かせてもらって、帰る。三回目に来たときには、喋れるようになってろ、っていう、乱暴な稽古だったんですけどね。でも、円楽師匠というかこの一門はシステマティックですから、テープレコーダーを置かせてくれて」

「円楽師匠が一席、前座がやるような話をやってくれて、『ありがとうございました』と。それで家で聞いて覚えて、円楽師匠の前で演って、『(高座に)話を上げてください』って言うんですけど、聞いてもらって師匠のOKが出たら、初めて高座で喋っていいですよってGOサインが出るんですけどね」

「僕と今も落語界にいる三遊亭洋楽さん、竹楽さん、楽春さん、若楽さんが4人で稽古受けてて。円楽師匠が忙しい時間を割いて、直々の稽古なんです。ほぼ初めて落語やるんで、みんなガチガチに緊張してるんです。それで円楽師匠が家で落語をやってくれたんです。それで終わってからみんなにアドバイスしてくれて」

「2週間後、(弟子の)落語を聞いてもらうってことになって。それが緊張するんです。お客さんが300~400人入ってるならいいですけど、考えてください、1人ですからね。しかも、ど真ん中に魔王がいるんですからね(笑)」

「緊張するんですけど、まず最初にやったのは若楽さん。上手いんですよ。円楽師匠がおやりになった、一字一句を間違えずにやるんです。同期がトップバッターで、一字一句間違えずにやるからプレッシャーだったんですよ」

「『お後がよろしいようで』って。その後に、『足が痺れたんじゃないのかい?慣れない内はそうだよ。稽古の時は、ジーンズを履いてくるもんじゃないよ…』って始まって。何言ってんだろ、この人?ってなって。変なことを言い始めたなって」

「『はいはいはい、あぁ~新潟でお世話になった人だね。"あぁ~アノ時はお世話になりました"』って続けて。若楽さんね、その日の120分間のテープが回り切るまで、全部覚えてきたの(笑)」

「電話のやり取りから、宅急便のやり取りまで。円楽師匠の奥さんが『クロワッサン買ってきて』っていうのも全部入ってて。惜しい天才だったんですよね。強力なキャラクターで」

「いろいろありまして。昨日もどんなことを喋ろうか、考えてたんですけどね。ヒドイことばっかり思い出しますね。旅先で着物を揃えて持っていくのも僕らの仕事なんですけどね。帯、着物、羽織、それから足袋、手ぬぐい、扇子。これらがないと落語できないんですけど、扇子忘れちゃった、手ぬぐい忘れちゃったっていうんで、怒られて小言をもらうっていうのはよくあったんですけど、その若楽さんは、なんでか開けたら羽織、羽織、羽織…って、羽織3枚出てきたことがあって。羽織3枚で下素っ裸かっていう(笑)逆に若楽さんが持ってくる荷物が楽しみでしたね(笑)」

「羽織、着物、帯…ってきて、手ぬぐいあった、扇子もある!足袋忘れてるんじゃないか…足袋あった!足袋の右と…右、みたいな(笑)円楽師匠、斜めに高座上がっていって」

「そんな話をしてたら、三遊亭花楽京くんが(笑)みんなで『こんな話ありましたね』ってゲラゲラ笑ってたら、三遊亭花楽京くんが真っ青な顔してて。僕が『師匠の足袋を忘れて、ものすごい怒られましたね』って言ったら、どんどん青ざめていって(笑)『あんなバカなことをする弟子は、辞めて当然でしたね。師匠、すみませんでした』って言ったら、もう花楽京くん、泣きそうな顔をしてて。足袋忘れてるんですよ(笑)」

「落語を離れて始めて、落語を好きだったんだって分かるようになりまして。高座でヨイショをしてもしょうがないんですけどね」

「僕がよく覚えてるウチの師匠の話があるんですが…当時、師匠の家に朝、掃除をしに行ったリしてたんです。ウチの師匠は、めちゃくちゃ働く人なんですよ。ビックリするくらい働く人で、スケジュール帳も真っ黒なんです」

「前の日の10時に仕事終わって、次の日が午後の2時から仕事だっていうと、その間に釣りに行けるって人だから。めちゃくちゃスケジュール真っ黒なんです」

「それで、僕その日、39~40℃の熱が出て。自分としては『熱が出てるのにも関わらず行ったら、むしろ褒められるんじゃないか』って思って、チャンスと思って行ったら、5分くらい遅刻してて。『遅刻してるじゃないか』って言われたら、ここだって思って、『実は私、40℃の熱がございまして…這って師匠の家に参りました…』って、ちょっとオーバーに」

「そしたら、師匠はスケジュール帳をバって出して。『もし俺が熱を出したら、お前らを養っていけるのか?』って。『待ってるお客さんを、納得させられるのか?』と」

「『熱が出ました、と偉そうに言うもんじゃない。お前を今日、帰させて休ませることはしない。ずっと仕事しろ』と。この人、鬼だなって(笑)」

「笑点に出ているときの腹黒さなんて、もう比じゃないんですよ(笑)腹黒く見せてて、本当は良い人なんじゃないかって思ってたら、本当はもっと腹黒いんですよ。大変なことになってる人だから(笑)」

「『カバン持ちより、大変な仕事をさせる。○○にある、クリーニングに出した着物を持って来い』と。お付きよりも辛い、おつかいですよ。しかも、今日、わざわざ取りに行かなくてもいいようなものですよ。この人、ヒドイなぁって思ってたら、その店が俺の家から徒歩2分なんだね」

「それでいて、『とにかく行って、反省してこい。明日の朝まで、顔を見たくない』って言うんです。要は、帰って良いってことなんだね。(師匠)聞いてる?ちゃんと(笑)良い話しましたからね!」

「落語家の方は、落第してしまいましたけども、これ以上落第したら、行くところもありませんので、今後、一生懸命がんばりまして、楽太郎の顔に泥を塗らないようにしますので、よろしくお願いします」

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