今田耕司 少女から拒否されて大ショック

2008.03.30 (Sun)
2008年03月30日放送の「やりすぎコージー」にて、ハワイロケでの悲しい出来事について語られていた。

話の発端は、KONISHIKIのハワイにある自宅を訪問する、というロケがあったこと。そこで、ポリネシアンダンスを行うステージをみる、という場面の収録を行った。

ステージに上がっているのは、ハワイの少年少女たちであり、KONISHIKIが彼らを、ボランティアで支援している、とのこと。その舞台に次長課長・河本が上がり、メタボリックな腹をさらし、出来ないのにファイアーダンスを踊っておどけてみせるなど、笑いをとっていた。

ステージが終わった頃には、河本には子供たちが群がり、一躍人気者になったのだという。その場面の収録終わりは、『ステージにみんなで上がってエンディング』という形になった。芸人たちはみんな、一人一人、子供たちと手をつないで終わる、という演出になっていた。

河本には子供たちが手をつなぎたい、と集まっていたのだが、収拾がつかないので一人選ばれ、同様に他の芸人たちもそばにいる子供たちと手をつないだ。

今田も同様に、近くにいる少女と手をつないだのだが、軽く手を振り払われてしまった。少女の法をみると、『何、このヒゲの濃い日本人は?』といった、ひどく怪訝そうな顔をしていたのだという。幸か不幸か、その場面はカメラに映されず、あまりのショックに誰にも言えなかったのだという。
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今田耕司 レースクィーンたちと飲んだときの話

2008.03.30 (Sun)
2008年03月30日放送の「やりすぎコージー」にて、今田耕司がレースクィーンたちと飲みにいった時の話をしていた。

話の発端は、後輩芸人の次長課長・河本たちと男3人、女3人でバーに飲みにいったときのこと。そのバーは小さな店であり、和室があってそこで飲んでいた。だが、その前にはトイレがあり、たまに下水のニオイが漂ってくるなど、壁一枚しか隔たっていないような間取りだったようだ。

暗黙の了解で、『そこのトイレでは大はしない』ということになっていたが、何やら『大をしている』らしきニオイが漂ってきた。今田は気を遣って、「マスター、下水のニオイがしているんじゃない?ちゃんとしといてよ」とフォローした。

ところが、次長課長・河本は空気を読まずに「兄さん、これちゃいますよ。誰か『大』してるんですよ」と直球で指摘した。仕方なく今田は笑いに変えようとして、「そうだな。1、2、3…あれ?一人足りないぞ?」と言った。

だが、再び河本は空気を読まず、「○○ちゃん(女性の名前)がいない!あいつがしてるんだ」と、トイレに入っているらしき女性の名前を思いっきり出して指摘したのだという。

もちろん、トイレの中でもそのやりとりは聞こえている。出てきた女性は、「ごめんね。朝からおなかの調子が悪くてさ」と、精一杯のリアクションをしたのだという。
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Bコース・タケトの奇妙なクセ

2008.03.30 (Sun)
2008年03月30日放送の「やりすぎコージー」にて、ジュニア軍団(千原ジュニアを慕う後輩芸人たち)の一員であるBコース・タケトの奇妙なクセについて語られていた。

ジュニア軍団のみんなで温泉に行ったとき、富士山の見えるロープウェイに乗った。その乗り場の中年女性に「近くに食事のできるところはありますか?」とタケトが質問した。「それなら、近くのお蕎麦屋さんが美味しいわよ」と教えてくれた。

その中年女性が、会話をしていることでテンションがあがったのか、「あそこのお蕎麦屋さんは、すごく腰があって美味しいのよ。何なら、ここでお店のことを聞いたって言ってくれれば、サービスしてくれるかもしれないわよ」と、色々と教えてくれたようだ。

タケトは、その時まで普通に会話をしていたのだが、最後に「本当かよ、ババア」といいだしたのだという。それまで普通に会話をしていたのに、急に豹変したその態度に、中年女性も『聞き間違えかしら?』という感じだったようだ。

食事を終えて、再び中年女性のところに戻ると、彼女は「どうだった?美味しかったでしょ」と話しかけてくれた。

再び普通に会話をしていたタケトだったが、女性が「あまり観光客の人と話す機会もないから、私も楽しかったわ。よかったらまた来てね」と、元気に送りだそうとしたとき、タケトは「もう、オレ来たくねえよ」と、再び耳を疑いたくなるようなことを言ったのだという。

このように、タケトは「テンションがあがった女性に、切って捨てるような言葉を浴びせたくなる」クセがあるのだという。だから、ルミネなどの劇場で舞台に立っても、中年女性を見ると「何、笑ってんだよ!」と怒鳴りつけたくなるのだという。
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千原せいじの楽屋での一言

2008.03.30 (Sun)
2008年03月30日放送の「やりすぎコージー」にて、千原ジュニアが聞いた兄の一言について語られていた。

話の発端は、千原兄弟が月に一度行っているトークライブが、DVD化されることに対する記者たちの囲み取材だった。そこで記者から「トークライブっていっても、せいじさんは、あまり話されてませんよね」と言われて、かなりカチンときていたようだ。

だが、その場は軽く受け流して取材は終わった。怒りはおさめたように振る舞っていたが、明らかに、せいじはイラついているな、とジュニアは思っていたようだ。

そこで楽屋に戻ろうとすると、その時にジュニアは兄のいる楽屋から「聞きの美学や!」という雄叫びを聞いたのだという。どうやら、せいじは今度、おなじような質問をされたら、『聞きの美学』という言葉で返そうと思ったのだという。
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板東英二の都市伝説-野球解説者をクビになる

2008.03.23 (Sun)
2008年03月23日放送の「やりすぎコージー」にて、板東英二がゲスト出演していた。その際、野球解説者をクビになってしまったという話をしていた。

『プロ野球知らなきゃ損する 』などの球団裏話を書いて、130万部のベストセラーになるなど、プロ野球をオモシロおかしく話す様子は、すでに野球解説者として活躍しているときもあったのだという。

長嶋監督のサインを見抜き「今、長嶋さんが腕とベルトを触ったでしょ。これがバントのサイン。多分、この試合の中でまたやりますから、注意して観てください」などと視聴者にバラしてしまった。そのため、次週から「板東さん、もう解説は結構です」とクビを宣告されてしまったという。

ちなみに、解説者をやりながら野球帽やサインボールなどを売り歩いていたときもあったようだ。解説前に売り歩き、中継を挟んでまた帰る客に売る、という商魂たくましいことをやっていたのだという。
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板東英二の都市伝説-サイドビジネス

2008.03.23 (Sun)
2008年03月23日放送の「やりすぎコージー」にて、板東英二がゲスト出演していた。この日の回は『板東英二の都市伝説SP』と銘打たれ、ゴールデン進出を果たした回に話したりなかったことを披露していた。

板東英二の特色の一つとして、サイドビジネスがある。中日入団時から現役引退後を見据え、現役時代から開始していた。まずは19歳で牛乳屋を買収し、オフシーズンにはジュークボックスを売り歩いていたという。

当時、月収10万円(現在の100万円程度)だったが、ジュークボックスを1つ売ると17~18万円になったのだという。野球選手としての年俸を軽く超えていた。だが、海岸沿いの温泉地などで売っていたので、潮風ですぐに故障し、クレームが多かった、と明かした。ところが、当時はラジオ放送が主流であったため、「あの板東が売っていた、とは思われなかったため、助かった」と話していた。

26歳の時には、大阪・西天満にビル(通称・板東ビル)を所有し、ナイトクラブ、サウナ店、割烹を取り仕切っていた。これらの店の準備を終えてから、練習や試合に向かう、という生活だった。

このことは当然、コーチたちも知っていたようで、「サイドビジネスを辞めろ」と言われたが、「それなら、オレの生活を一生保障してくれるのか?」と反論したところ、その年でクビになってしまった、とのこと。
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若月・亮 「やりすぎコージー」で曲を披露

2008.02.10 (Sun)
2008年02月08日放送の「やりすぎコージー」にて、若月の亮が、自身で作詞作曲した曲を披露していた。亮といえば、かなりの天然エピソードを持ち合わせていることでお馴染み。味噌を買いに行ったのに、何故かキャベツを買ってきたり(もちろん、成人してから)、シーソーで頭を挟んでしまったりと、ネタに事欠かない人物。

そんな彼が、中学三年の時から、作詞・作曲をしており、歌手デビューを目指していたのだという。もちろん、ギャグは一切挟んでおらず、バラードの曲ばかりだという。

そんな彼が作曲を始められたのは、お婆ちゃんからギターを買って貰えたからだという。そのギターには「NG」という文字が書かれており、「NGって!NGって!」と、一人でウケていた。もちろん、安物だと思い、大事にしていたわけではなさそうだ。

だが、実際は「VG」というメーカーのギターであり、山崎まさよしも愛用のギターであると収録時に伝えられ、驚いていた。このメーカーのギターは、最低でも10万円以上するのだという。

そのギターを今でも使い続け、それで演奏を始めた。それから、スタジオ内で失笑を湧かしながら3曲演奏した。最後の曲「5人のフィナーレ」は、一緒に上京してきた5人の内、一人が夢やぶれて故郷に帰ろうとしたとき、励ますために作った曲だという。

演奏が終わり、「良い曲だった」という締めで収録も終わろうとしていた。だが、兄の徹が納得いかない、という表情で首を捻っている。事情を聞くと、「一緒に上京してきた5人は、俺の友達。亮に、そんなに友達はいない。しかも、亮は1年後に上京してきた」と、嘘を曝露した。ミュージシャン気取りで、良いエピソードをでっち上げたかったようだったが、あっさりとバラされてしまった。
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「やりすぎコージー」と「NHKケータイ大喜利」のコラボ企画

2008.02.05 (Tue)
2008年02月03日放送の「やりすぎコージー」にて、NHkケータイ大喜利とのコラボ企画が行われていた。NHkケータイ大喜利では、やりすぎコージーでも司会を務める今田耕司と千原ジュニアの二人が出演しており、実現した内容であると思われる。

NHkケータイ大喜利とは、出題される大喜利のお題に対して視聴者が携帯電話を使って回答を送信する、というもの。採用されたメールは、構成作家陣の第一次審査、副調整室(サブ)の第二次審査を経て、千原ジュニアのパソコンに送られてくる作品を千原ジュニアが選び(最終審査)今田耕司がお題を振った後、読み上げられる。

この大喜利に、やりすぎコージーでもお馴染みの芸人であるバッファロー吾郎、ジャリズム、ケンドーコバヤシ、Bコース、ジパング上陸作戦などが参加した。お題に対し、皆が同じペンネームである「横山ぼける・まくる(ジャリズム渡辺が発案)」を使用して答えていた。

最初のお題は、「『えっ こんなのあるんだ!?』その雑誌名と見出しとは?」というもの。このお題に対して、途中参加からのケンドーコバヤシなども答えるが、読まれることはなかった。

お次は、まだ読まれたことのない人ばかりのルーキー・オーギリーグにて、「『この家庭教師はクビにしよ・・・』なぜ?」というお題がだされた。これに関しても読まれることはなかった。

そして最終問題、「『なんだこのデパート!!』エレベーターガール、何と言った?」というお題が出された。そこで、事前のネタ出しであまり目立っていなかったジパング上陸作戦の加藤が答えた「二階、球とか扱っております」が読まれた。

喚起の中、今田耕司たちの出待ちをすることになった。すると、「これは芸人臭がする」ということで、ペンネームを読んだ時点で察しがついていたようだ。

ちなみに、ジャリズム山下が、「『この家庭教師はクビにしよ・・・』なぜ?」というお題に対して、「一年中、変な咳をしている」という答えを書いたが、そこで千原が「これだったら読んでた」と発言。だが、山下はこのネタを投稿していなかったようだ。

さらに、ケンドーコバヤシの「『なんだこのデパート!!』エレベーターガール、何と言った?」の答えである「あなたと合体したい」に、「NHKだぞ、絶対に読まれない」と、企画に合わない答えを連発していたことに苦笑していた。
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母親が証言する 千原ジュニアの意外な素顔

2007.12.16 (Sun)
2007年12月16日放送の「やりすぎコージー」にて、千原ジュニアの隠された素顔が語られていた。

千原ジュニアといえば、今田耕司、東野幸治に「ジャックナイフ芸人」などと称されるなど、カリスマ性の高い孤高の芸風であることで有名。だった。

関西から東京に出てくる際も、「普段からナイフを持ち歩いている。面白くないギャグをやったら刺される」などと、東京の芸人たちである出川哲朗やダチョウ倶楽部などの面々が恐れおののいていたという。その対策をどうしようかと集まったのが、現在の「竜兵会」(上島竜兵をリーダとして、太田プロ所属の芸人たちが集まった集団)であるという。ある意味、「竜兵会」を発足させた原因でもある。

そんな彼だったが、後輩芸人であるBコースのタケトに「距離感がまったく掴めない(マヨネーズを冷蔵庫に取りに行って、顔を挟む)。飲み会では、全く面白くない。写メでコスプレ姿(キャプテン☆ボンバー)を送りつけてくるけど、俺は無視している」など、まるっきりキャラが違うと曝露されている。

さらに、最近ではカラオケに週3回通っているという。本人曰く、「(引き籠もっていたので)遅れた青春がやってきた」とのこと。だが、そんなにカラオケに後輩を誘って行くにもかかわらず、歌がとんでもなく下手であるという。

そんな彼に関して、タケトから新たな証言が飛び出した。ジュニアの母親に会ったところ、「本当は(周りから言われているような)悪い子ではない。15歳まで、トラのぬいぐるみを抱いて寝ていた」と聞かされたという。ちなみに、兄である千原せいじも「事実です」と認めていた。

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若井おさむ 500円で取り返しのつかないことをする

2007.12.02 (Sun)
2007年12月02日放送の「やりすぎコージー」にて、不幸なガンダム芸人こと若井おさむが、たった500円でとんでもないことをしでかし、後悔していることが明らかとなった。

若井といえば、ガンダムのアムロのモノマネで有名だが、一方でその生い立ちにとんでもない不幸があったことも一部では有名。wikiによれば、以下のようなことがあったという。

20代前半の頃、幼い頃から続く母親からの虐待や兄からの理不尽な暴力などに耐えかね、自宅を離れて居酒屋の経営(父親の出資でテーブル3つ、カウンター7席ほどの小さなもの)を始める。

数年の後、若井が家を離れたことで虐待の対象が父親に飛び火し、父親は暴力を受けていた。その状況を聞いた若井は父親に何度も離婚を勧めたが、父親は決断しかねていた。悩み続けた末、父親はついに離婚を決意したことを若井に報告に来たその夜、亡くなった。若井は堪えきれず、父の葬儀で「お父さん殺したんはお前や!」と母親を責めたが、母方の親族にも取り合ってもらえずに絶望したという。

遺産のことで家族ともめたくなかった若井は、自ら父の遺産相続はすべて放棄する旨の念書を書いて母親に渡したが、父親の出資で始めた居酒屋(その頃には相当な繁盛店になっていた)は父親名義のままであったため、すべて母と兄側に渡ってしまった。


こうしたことに絶望し、彼は救いを求めて7年で9カ国を放浪していたという。そしてとうとうタイにて、自分にとって大切なものを悟った言う。

その大切なものというのは、『愛』『平和』『自分自身』だという。そこで、このことを決して忘れまいとして、自分に刻み込もうとした。タトゥーを入れることにしたのだ。

だが、手持ちのお金は放浪で使い果たし、500円しかなかった。その少額で左腕に『LOVE』『PEACE』と彫った。右腕に『036(自分自身である"おさむ"という意味)』と彫った。

だが、その文字はまるで落書きされたように汚く、お粗末なもの。しかも、036と彫ったが、滲んでしまい、0と6の空間部分が次第に狭まっているという。

現在、彼にその腕のことを訊ねると、非常に落ち込むという。ちなみに、サウナ店などでは全く咎められることなく入ることができるという。
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