伊集院光、落語家時代にラジオ出演をしていて師匠・三遊亭楽太郎が「上の人たちに、一人一人謝りに行っていた」と明かす

2018.07.26 (Thu)
2018年7月23日放送のTBSラジオ系のラジオ番組『伊集院光とらじおと』(毎週月-木 8:30-11:00)にて、お笑い芸人・伊集院光が、落語家時代にラジオ出演をしていて、師匠・三遊亭楽太郎(現在の円楽)が「上の人たちに、一人一人謝りに行っていた」と明かしていた。

伊集院光の今週末この映画を借りて観よう vol.1
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伊集院光:僕がバカだったせいもあるんだけど…まぁ10代だから。

神田松之丞:はい

伊集院光:17歳とかだから。この両立(ラジオ番組出演と落語)をさせようと思うことで、ウチの師匠が…今の円楽(三遊亭楽太郎)が、前の円楽に謝らなきゃならないことが凄い増えてるんですよ。

神田松之丞:ああ、なるほど。

伊集院光:勝手をしてるっていうので。それこそ…今、いくつだっけ?

神田松之丞:今、35です。

伊集院光:35っていう、落ち着いた年じゃないの。

神田松之丞:そうですね。
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伊集院光「円楽一門会で披露した落語」

2013.07.24 (Wed)
2003年04月08日に行われた円楽一門会で、伊集院光が直近の師匠である三遊亭楽太郎(現在の三遊亭圓楽)に依頼される形で約10年ぶりに高座に上がることとなった。その際に披露した噺の内容が、以下のようなものである。六代目三遊亭圓楽襲名記念 三遊亭楽太郎十八番集1

伊集院光「楽ちゃん(三遊亭楽太郎)も丸くなったね(笑)向こうから見てますけど、このまま逃げれますから、いろいろ言えるんですけどね(笑)」

「何年ぶりでしょうかね…辞めたのがもう10年前くらいですね。面白いもんで、最初は落語好きだから、落語のプロになれるって勘違いして入ってくるわけですからね。でも、1回辞めちゃうと、落語ファンにも戻れないんですよ。シガラミもあるし…だから、どうしたもんか、と日々、生きてるんですけどね」

「この間、たまたま寄せ若竹の近くを通って、懐かしい居酒屋に入ったら、居やがった…という言い方はマズイですね(笑)いらっしゃいましてね(笑)『今度、一門会やるんだよ』っておっしゃいまして」

「『聞いたら、一門増えてるようですね。お花でもお出ししましょうか』って言ったら、『出るんだぞ、お前も』と(笑)」

「困っちゃったもんで。落語家時代の着物も着れませんからね(笑)サイズがなくて。そしたら、円楽師匠のところに、大楽さんって方がいて。これまた正座が苦手そうな(笑)その方が着物を貸してくださるってことで、なんとか形になったんですけどね」

「そもそも、僕が落語家になったのは、高校2年生の終わりなんですよ。17歳。学校に行くのイヤになっちゃったんですね。今で言うところの、引きこもりみたいなもんですよ。流行を先取りしてたわけです。流行には敏感なもので(笑)家でダラダラしてたら、周りの評判がすごく悪いんです。『あの子は、家にいて何もしてない』なんて言われて」

「それが、『修行している』というと、言い方が綺麗になる。それでなんかないかなぁって。お笑い、落語家をやってみたいって思ってて。でも、落語家のなり方ってよく分からない。そしたら、親父の知り合いの知り合いで、吉河さんっていう、なんだか分からないけど落語のことをよく知ってる人がいて」

「その吉河さんに聞いたら、いろいろ紹介してくれるんじゃないかってことになりまして。そしたら、『今、入門するなら三遊亭楽太郎の方がいいよ』って。『アイツは活きが良いし、これからグングン伸びてくる落語家だから、アイツについてった方が良い』と」

「『ついては、俺は楽太郎のことはよく知ってるから、会う算段だけはつけてやる。会ったらそこでうまく弟子入りして、入れるかどうかはお前の器量だよ』って言われて。それでね、自分なりにプランを立てたんですよね。とりあえず会う算段がついたってことは、あと半年寝てても親には文句言われないって(笑)」
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伊集院光が語る「仕事で失敗したときの立て直し方」

2010.02.17 (Wed)
2010年02月15日放送の「伊集院光 深夜の馬鹿力」にて、伊集院光自身が、落語家時代に仕事などで失敗したときの立て直し方や切り返しについて語っていた。

話の発端は、落語家時代の師匠である三遊亭楽太郎が、円楽の名前を襲名することにあたり、パーティーを催したことだった。そのパーティーの出欠席を知らせるハガキが、事務所に取り置いたままにされていたため、その知らせを1ヶ月近く放置してしまったそうだ(伊集院光「師匠からの招待状をすっぽかし続ける」)。

このことを受けて、伊集院は「…師匠のパーティーが、3月2日ですよ。帝国ホテルでの大披露パーティーなワケです。その招待状の出欠席が、2月の半ばに出ていないっていうのは、普通の結婚式の規模でもアウトですよ」

「もちろん、出させていただきますよ。『これはヤバイ』ってことで、朝イチで謝りに行くのが筋だろうって思ったワケですよ。『これは、師匠のウチに持って行く方がいいかなぁ』って思ったんです」と話していた。

だが、そこから以下のようなことがあったそうだ。
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伊集院光「師匠からの招待状をすっぽかし続ける」

2010.02.17 (Wed)
2010年02月15日放送の「伊集院光 深夜の馬鹿力」にて、落語家時代の師匠である三遊亭楽太郎が、円楽の名前を襲名することにあたり、パーティーを催すことについて話していた。その話の発端は、最近、下尾マネージャーの妊娠に伴った変化についてのことだった。

「…マネージャーの下尾ちゃんが妊娠したこともあって、今までのように忙しく働いてもらうことが出来なくなったんですよ。下尾ちゃんが26、27歳なんですけど、金ちゃんっていう、中途採用の36歳の中年男性が下尾マネージャーの下に付くようになった。

「下尾ちゃんは、格好とかも可愛らしいから、20代前半くらいに見える。それでいて、ちょっと舌足らずみたいな可愛らしい喋り方をするんですよ。…夜はどんな声をしているのか知らないですけどね」

「一方、下につくことになった金ちゃんは、見た目より老けて見えるから、ダブルのスーツを着ている重鎮みたいなヤツが下についている。だから、下尾ちゃんが『ちょっと、アレとってきて』って言うと、『はい…』って、すごいシブイ声で応じるんだよ。しかも、俺のスタイリストがバカですからね」

「そんな変な集まりですからね。ドラクエだったら、すぐに全滅ですよ。なかなか上手くいかないもんなんです」と、さらにそこから以下のような状態にあると語っていた。
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伊集院光 「三遊亭円楽の通夜に参席する」

2009.11.10 (Tue)
のはなしに2009年11月09日放送の「伊集院光 深夜の馬鹿力」にて、三遊亭円楽の通夜に出席したことを明らかにしていた。
伊集院光は三遊亭円楽の弟子、楽太郎の元へ弟子入りしている。言うならば、伊集院は円楽の孫弟子にあたる。その円楽師匠が亡くなった、ということで通夜に出かけたそうだ。

だが、最初から通夜に行こうと思っていたわけではないそうだ。「通夜がおこなわれた日、千葉にドライブに出かけた。テンション上げてね。それは、あまり通夜のこととかを考えたくないから。でも、日本シリーズを観る前のニュースで、そのことが報じられていた。それで、また考えてしまったんだよね」

「そうしたら嫁さんが『行くんなら、送っていくけど』って言うんです。でも、冗談じゃない。どのツラ下げて行くんだよって話ですよ。それで、行かないって言って、日本シリーズをまた観ようかと思った」

「でも、日ハムが初回で三者三振してたんです。だから、このまま観ていてもテンションが下がるから、日本シリーズを観ないために渋谷の通夜に出かけてみようかと思ったんです」

「それで行こうかと思ったんだけど、礼服がブカブカなんです。その礼服は、10年くらい前に伊丹十三監督が亡くなった時に買ったものなんです。そもそも、お葬式には出ない主義なんですよね。だからしばらく着なかったし。それで、その礼服で行ったら、明らかにオカしい」

「そうしたら、カミさんが『池袋のサカゼン(Lサイズ専門店)に買いに行こう』って言うんですよ。19時から通夜は始まってるんですけど、その礼服を買いに行く時点で既に19時なんです。それで、行ったらあったんですよ。無いと思ってたんですけど。無ければ行かなくて済むって思ったんですけどね」

「それで行ったら、礼服があってね。サイズ直しの職人さんをわざわざ呼び戻して、サイズ直しをやってもらった。それでお願いしたんです。サカゼンの店員さんが『円楽師匠の通夜に行くんでしょ?』って言い出して、『法事はソデを折って行くと格好悪いからね』って言って、その場でサイズ直しをしてくれた」

「カミさんは、その間に香典袋と白いハンカチを買っておいてくれた。…もう、行かざるをえないですよね。それで、通夜に行ったんです」

実際の通夜の様子は、以下のようなものだったそうだ。
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伊集院光が語る 「三遊亭円楽師匠の訃報」

2009.11.03 (Tue)
伊集院光のでぃーぶいでぃー 〜箱庭カウンセリングの巻 [DVD]2009年11月02日放送の「伊集院光 深夜の馬鹿力」にて、番組の最後に10月29日に肺癌で亡くなった三遊亭円楽師匠について語られていた。

伊集院光は三遊亭円楽の弟子、楽太郎の元へ弟子入りしている。言うならば、伊集院は円楽の孫弟子にあたる。その円楽師匠が亡くなった、ということについて、伊集院は語っていた。

「あの…1ヶ月前くらいに落語を聴いてみようかと思ったんです。俺のルーツは古典落語だしっていうことで。それで、立川志の輔師匠の独演会のチケット買ったんです。それで、割と楽しみにしていて、その独演会が先週の金曜日だった」

「その当日に、円楽師匠が亡くなったっていうことを聞きましてね。そんな偶然もあるもんだと、そう思ったんです。でも、その程度の偶然はいつだって起きてるんでしょうけどもね。でも、あまりにも落語から離れていたもので、そういうもん(縁)だと思った」と伊集院は話していた。

さらに、そこから円楽、楽太郎について以下のように語っていた。
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伊集院光が語る 「若手芸人の辞め時」

2009.09.02 (Wed)
激笑!炎の落語2 [DVD]2009年08月31日放送の「伊集院光 深夜の馬鹿力」にて、元々は落語家であった伊集院光(元:三遊亭楽大)が落語家を辞めたときのことを話していた。話の発端は、知り合いの若手芸人の内の一人が、「芸人を辞めようかと思っているんですけど…」と相談しに来たことだった。

「そういうとき、引き留めるべきかどうか、悩むんだよね。『辞めるのなら、引き留めない』と言うけど、本人は引き留めと欲しいのか」と伊集院は語り始めた。

「芸人はね、たしかにいつ売れてもおかしくない。宝くじも、買い続けていれば当たる可能性はあるわけでしょ。それに、芸人の世界では『売れさせよう』っていう力も働いているから、いつ、誰が売れてもおかしくはないわけですよ。まぁ、芸人は大勢いるからあたる確率は低いですけど」

「そもそもね、俺はわざわざ芸人をやっている必要も内容に思うんですよね。俺なんかは、『中卒、普通免許無し』ですから、ほかに行くところがないんです。だからね、大卒の普通の人で、まぁ…25歳くらいだったら、大学留年したって考えて『辞めるなら今』みたいにも思う。そういう人が『芸人辞めようと思いまして』っていえば、『よく間に合ったな』って思う。就職先も、若い内ならまだある」

「…芸人と芸人じゃない人って考えると、俺の中で『芸人じゃない人』っていうのはちゃんとしているって思うんだよね。昼過ぎまで寝ていても『芸人だから』で済まされるかもしれないけど、芸人じゃなかったらちゃんとしなきゃって思うもん」

「…芸人以外の選択肢があるのなら、そちらの方がいいんじゃないかなって思うんだよ。俺みたいなやつは、就職先はないもの。そう言う人が、『芸人を辞める辞めない』ってことに関して口出しするのは、『偉そうに…』なんて思ってしまう」

さらに、伊集院は自身が落語家を辞めたときのことについて、以下のように語っていた。
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